天井のチェーンブロックから伸びた鎖──末端に繋がれた鉄製のカフスが全裸にされた稟(りん)の両手首を骨の髄まで冷やした。目の前の女──香奈(かな)を睨む。
ぺっと唾を吐いた。香奈の頬に唾が命中する。ドロリとしたザーメンのように白い唾液が頬を伝った。
香奈が頬についた唾を指先ですくい、赤い舌先でゾロリと舐める。舐めながら「おいしい」と呟いた香奈が笑みを浮かべた。聖母像のように慈愛に満ちた微笑だった。
稟の顔の筋肉が引き攣った。おぞましかった。己の目前で微笑みを浮かべる香奈が、たまらなくおぞましかった。恐怖と嫌悪が入り交ざった稟の冷たい視線──香奈は平然と受け止めた。
「稟ちゃん、なんでそんなにお姉ちゃん達から逃げるの……すごく寂しいな……」
「──ふざけんじゃねえぞッッ、俺を離せェッッッ!」
口端を吊り上げた稟が叫んだ。怒号が打ちっぱなしのコンクリートの壁にぶち当たる。反響した。耳孔に轟く稟の叫び声。腹の底から湧き上がる憎悪の炎が少年の身を焦がした。
「怒ると綺麗な顔が台無しだよ……だけど、私たちから逃げた二年前の時も綺麗だったけど、今のほうがずっと魅力的だね」
「香奈、俺に今更何の用なんだよ。縁ならとっくに切ったはずだぜ。それともまた俺を嬲り者にでもしたいのか?」
「ごめんね。あの時のお姉ちゃんどうかしてたの」
「別にあやまってもらわなくてもいいさ。それよりも俺を解放してくれよ。まあ、する気はねえと思うけど」
自嘲するかのように稟がクスクスと低い笑い声を喉から発した。いくらか落ち着きを取り戻す。こんな時はまず冷静になれと凛は自分に言って聞かせた。
催涙スプレーを顔面に喰らった自分、背中にスタンガンを浴びせられた自分、鎖でみじめったらしく吊るされた自分──間抜けにも程がある。
身体に筋肉が鉛のようにだるかった。さきほど無理やり香奈に流し込まれたハルシオンとGHBのテキーラカクテルが効いているせいか。
稟は己に対して怒りを覚えた。不意打ちを食らい、こうして無様な姿を晒す己に激しい怒りを覚えた。頭がどうにかなりそうだ。
香奈が笑みを崩さず、そんな稟の様子をじっと見つめている。稟は香奈の視線から顔をそむけた。
「もうどこにも逃がさないんだから。桃子(ももこ)姉さんもずっと稟ちゃんの事探してたんだよ」
「そりゃどうもご苦労様。ご苦労ついでに自由にしてくれると嬉しいね。それが出来なきゃいっそ殺してくれよ」
稟が香奈の動揺を誘うかのようにまくしたてた。とにかく相手に付け入る隙が欲しかった。
「お前らに狙われる人生なんか真っ平なんだよ。ああ、そうだ。いっそナイフで首筋を掻っ切ってくれよ。そのほうがお互いせいせいするだろうさ」
余裕のあるフリをしながら稟が香奈の顔色を窺う。だが、香奈の顔色には何の変化も見て取れなかった。稟は心の中で舌打ちした。どうすれば香奈の感情を揺さぶる事ができるのだろうか。
「悪ぶってる稟ちゃんなんてみたくない。もう、誰も稟ちゃんの事苦しませたりなんてしないよ。お姉ちゃん達ももう稟ちゃんをいじめたりしないから」
「じゃあどうして俺を鎖で繋ぐんだ。お前は言ってる事が矛盾してんだよ」
「だって鎖をはずしたら、凛ちゃんまた逃げちゃうもん」
「なあ、香奈。いい加減気づけよ。俺がお前達を心底から嫌ってるって事をさ」
香奈が表情を歪ませた。沈鬱な面持ちになる。香奈も自分と同様、顔に出さないだけで内心では結構切羽詰っているのかもしれないと凛は推測した。
「凛ちゃん……どうすればいいの、どうすればお姉ちゃん達を許してくれるの?」
──しめたっ、あともう一押しだ。凛があやうく相好を崩しそうになる。なんとか堪えた。哀しそうに声を震わせる。
「とりあえず、腕にはまってる枷を解いてくれないか。これじゃあ出来る話し合いもできない。ああ、手首が軋んで痛い……っ」
「それは駄目よ……だって枷をはずしたら凛ちゃんここから逃げていっちゃう」
「やっぱり俺が嫌いなんだな……だから放してくれないんだ……」
顔伏せて涙を流して見せる。上目遣いに凛は香奈を覗いた。華麗な弧を描いたなだらかな二重瞼が哀しそうに震えている。
二年前より更に美貌に磨きがかかっているなと凛は思った。鋭利な輪郭の内部にはまったパーツの一つ一つが際立っている。
漆黒の闇で彩られた濡れ羽色のロングヘアに綺麗に象られた鼻梁、唇は薄い丹花を筆で引いたかのように可憐で黒真珠色に輝く瞳はどんな男の心を吸い込んでしまいそうだった。
月は閉ざし、花も恥じ入る美貌とはこの事を言うのだろう。そしてふたりとも良く似ているのだ。瓜二つといってもいいだろう。血が繋がっているから当たり前の事かもしれないが。
美の女神が彫り上げた巧緻な芸術品──ヴィクスドールのように美しくはあるが、人によってはとてつもなく酷薄な印象を受けるだろう。
長い睫を涙で濡らし、もう一度だけ凛は哀願した。
「悪かったよ……逃げ出したりして……だけど俺、もう耐えられなかったんだ……」
「わかってる」
「わかってるなら解いてくれよ、片方だけでもいいからさ。すげえきついんだよ」
香奈が一歩ずつゆっくりと凛に近づく。カフスにそっと手をかけた。凛は顔で泣いて、心で嗤った。その時だ、ドアノブの回る鈍い音がした。室内の澱んだ空気が動く。
「だめよ、香奈。勝手に凛の枷をはずしたりなんかしちゃ」
玲瓏とした響きを含むその声色──凛には聞き覚えがあった。忘れたくても忘れられぬ懐かしい声だ。ざわりと浮き上がる鳥肌──冷えた汗が体温を奪う。
「その声は桃子(ももこ)姉か。久しぶり」
出来るならば鎖を引きちぎってこの場から逃げ出したかった。無力な自分が忌まわしい。凛の背筋に桃子が指を這わせる。ツウっと指で背中の皮膚をなぞった。
凛の顔を覗き込む。
「さっきまでふたりの会話を聞いてたんだけど、凛も随分変わったわね。あんなに弱々しかった子が随分たくましいっていうか、ふてぶてしくなったわ」
「そりゃ家を出て二年もホームレスまがいの生活してりゃ変わるさ」
「……もう演技なんてしなくてもいいのよ。誰もあなたを苦しませたりなんかしないわ」
桃子がそっと身を屈めた。尻房に手をかける。凛の小ぶりな白磁のように透明感漂う白い臀部の狭間を割って、桃子は顔をうずめた。
フウっと熱い息を吹きかける。凛の身体がビクッと跳ね上がった。
「やっぱりここは昔どおりに弱いわね。思ったとおりあの頃と変わらない綺麗なアヌスよ……」
鼻を鳴らして桃子が匂いを嗅いだ。獲物を見つけた猫科の動物のように瞳を輝かせる。その姿は凛々しくも危険な美しい麝香猫のようだ。
凛の尻が強張る。肛門を桃子にいじられるのは昔から苦手だった。怯えたような凛の様子に桃子は満足げに嫣然と微笑した。
「匂うわよ、凛。あなたちゃんとお尻が拭けてないようね。いいわ、昔みたいにあたし達が綺麗にしてあげるから」
言うなり桃子が舌先で凛の放射状に広がったセピア色の肛門をつついた。肛門の襞の一つ一つを舐めて、周りの汚れを唾液で洗った。母猫が優しく子猫の毛づくろいをしてやるように。
桃子の口腔内にゲル状に溶けた排泄物の苦味が広がった。たまらなく愛しい苦味だ。
──なんて可愛らしいのかしら
凛の汚れならば桃子は平気だった。愛しい弟の汚れならば、なおさらだ。尖った舌を直腸内部にまで貫入させて桃子は凛を責める。
「うう……ッ」
「あなたが家を出てやっと気づいたの。あたし達は凛を心から愛していたんだって。凛の身体から出たものならどんなモノでも平気で受け止められるわ」
「この変態、キ○○イ女ッ!」
「知らないの、動物の母親は可愛い我が子の排泄物を食べたり、舐めたりしてあげるのよ。ふふふ、これって愛じゃない?」
痺れるような快感に凛はかぶりを振って抵抗した。桃子が両親指で肛門をめくり返し、もっと奥のほうへ舌をいれていく。
香奈がひざまずいて凛の勃起するペニスをその艶めかしい唇に含んだ。
半分ほど皮をかぶった性器──亀頭を包む包皮をめくり、恥垢で汚れたその部分を香奈は舌で舐め清めてやった。屈辱が瀑布のように凛の頭上を叩いた。
「もう……もうやめろ……ッ」
「そんなこといっちゃって、じゃあこのビンビンのおちんちんはなんなの」
嘲笑いながら桃子が睾丸を片手で優しく掴むと優しくムニムニと揉んだ。亀頭を唇で愛撫していた香奈が裏筋にまで舌を伸ばし、凛が呻いた。情けなさに打ちのめされる。
「凛ちゃんのここ、すっかり綺麗になったよ」
射精するかしないかの間合いを計りながら、ピンクパールの光沢を放つ亀頭に蝋細工のように細く佳麗な指先を絡ませて香奈が繊細な指使いで玩弄する。
「全く、汚れ放題なんだから。だけど昔を思い出すわね、香奈」
「うん、そうだね。お姉ちゃん。凛ちゃんのおトイレが終わったあとにこうして舐めて綺麗にしてあげたよね。おちんちんについたおしっことか……それから」
「あたし達もオシッコしたあとに凛の舌で綺麗にしてもらってたわね」
楽しそうに会話を交わすふたり──凛は歯を食いしばった。歯茎が顎の骨ごと軋む。耐えられない──心が苦痛と嘆きに啼いた。
「ぎィィィ──ッ」
喉の奥からなんとも形容しがたい不明瞭な濁音をこぼし、凛は眼を見開いた。脳内にズキンとくるような痛みが走った。肛門粘膜が焼けるようだ。
桃子の中指と人差し指が凛の肛門をこじあけたのだ。日本の指を激しくスクリューさせながら、桃子はサディスティックに唇を吊り上げた。
「ここは使ってなかったようね。少し固くなってるわ」
凛は幼少の頃から、桃子に受け続けてきた仕打ち──臓物を指で攪拌される羞恥と痛みに苦しそうに喘ぐしかできなかった。
「お姉ちゃん」
香奈が桃子に目配せした。肛門から指が引き抜かれる。不意にチェーンが降ろされる。ガクンと膝から落ちた凛は床にうずくまった状態で、加奈を見上げてもう一度睨みつけた。
紺色のフレアスカートを捲り、香奈が凛の顔面にぐいっと押し付ける。ふわっと醸し出された乳酪の匂いが凛の鼻腔粘膜を突いた。
左右対称の桃色に染まった可憐な肉片が凛の視界に飛び込む。香奈は下着をつけていなかった。愛液でぬめったピンクのラビアで器用に凛の唇を塞ぐ。
「舐めて、凛ちゃん」
凛は口を開き──舐める代わりにラビアをクリトリスごと食い千切ろうと牙を剥いた。香奈が前足を蹴って素早く後ろに飛びのく。それは骨法の『退き』の動作に似ていた。
──あと少しで食い千切れた、凛が悔しさに歯軋りする。香奈が哀しそうな視線を凛に投げつけながら頬をそっと撫でた。
「いつもいじめられてたんだもん。やっぱり今は無理かもね」
凛々しくも美しいすらりと長く伸びた、象牙のような輝きを誇る肢体を凛の身体に絡ませると桃子が香奈に向かって残念そうに呟いた。
「そうね。今日はこれまでにしておきましょうか」
凛のペニスを撫でつけながら桃子が耳孔に舌を忍ばせて小さい声で言い放つ。
「だけど明日はたっぷりとこれで楽しませてもらうわよ」
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