ボーイハントX  「誘拐」  (1)

                                      
作:michi

「お坊ちゃま・・・・もう宜しいので?」年配のメイド長が心配そうに訊ねた。

「うん、最近食欲無くて・・・・ごめんね婆や。」姫宮陽介は優しい眼差しで彼女に言い、フォークを置いた。

「申し訳ございません・・・・坊ちゃま・・・・折角の誕生日だと言うのに・・・旦那様も奥様も・・・結局・・・・わたくしも必死に訴えたつもりだったんですが・・・・。」そう言うと、メイド長は部屋の隅のプレゼントの山を恨めしげに見つめた。

「いいよ。婆や・・・自分を責めないで。こんなの慣れっこだからさ。」

「でも・・・でも・・・余りにも坊ちゃまが不憫で・・・来年から寄宿舎だと言うのに・・」

姫宮コンツェルン――日本を代表する大企業であり、陽介はそこの1人息子である。だが彼の両親は、彼の物心ついた時から仕事で駆け回り、滅多に会う事が無い。陽介は今小学6年生であり、来年は名門学校の中等部に入学し寄宿舎に入る。ますます親に会える可能性が無くなるのだ。

「仕事だからしょうがないよ。僕は恵まれてるんだから文句言ったらバチが当たっちゃう。」陽介は実に優しい性格だった。十数人居るメイド達も皆、陽介に好感を持ち仕事以上の愛情を捧げた。ただ一部を除いて・・・・・。


「あの・・・坊ちゃま。」陽介が寝室に戻ろうとした時、メイドの1人である田中里佳子が声をかけて来た。

「何?田中さん。」陽介が振り向いた。

「あの・・・この間言いそびれてしまって・・・あの・・・お誕生日おめでとうございます。」里佳子はペコリとお辞儀をした。

「あはは、そんな事だったの。・・・・ありがとう、田中さん。」

「・・・その、つきましては・・・・お渡ししたい物があって・・・私の部屋に来て頂けますか?」よく考えれば不自然な申し出だ。だが、育ちの良さのせいか疑う事を知らない陽介はあっさりと里佳子の後をついていった。

「どうぞ。」

「お邪魔します。」姫宮家のメイドの待遇はかなり良く、住み込みで働く者にはマンションの一室並みの個室が与えられた。部屋の中にはキッチン、バス・トイレはおろか、オーディオ、AV機器など至れり尽せりの設備である。

「真っ暗だね。電気のスイッチは?」無邪気な陽介の言葉を遮るように、里佳子が言った。

「・・・ごめんなさい。」

「え?」聞き返そうとした陽介の顔面に突然クッションが押し付けられた。

「ふぐっ?」訳が分からぬ内に、陽介はたちまち睡魔に捕らわれてしまった。クッションの中には大量のクロロホルムが染み込ませられてたのだ。

「・・・・・」陽介はゼンマイの切れた人形のようにその場に倒れこみ、やがて静かに寝息をたて始めた。


里佳子の父親の事業が破綻してしまったのは昨年の事だった。今里佳子が仕えている姫宮家・・・・実はそこの系列の銀行からの融資を当て込み、彼女の父は設備投資をした。だが、突然融資は断られ、一家には多大の借金が残った。母は過労で倒れ、父は家の中で・・・・・首吊り自殺を図った。幸い発見が早く、一命は取り留めたものの、今は母と同じく病床に臥せっている。

「俺は・・・あいつに・・・・殺された・・・・畜生・・・畜生・・・。」父がうめくように呟く。聞いた話によると、融資を断られたのは姫宮コンツェルンの創始者・姫宮泰三の気まぐれだったという事らしい。里佳子はその男を憎んだ。大した理由も無しに自分をそして家族を不幸のどん底に叩き落し、今ものうのうとしてるその男に、父に代わって必ず復讐してやると心に誓ったのだ。・・・・・そして彼女が姫宮家の屋敷のメイド募集に目をつけたのはそれから数ヵ月後の事だった。

「あ・・・ああっ、あああ・・・・刑事さん、わ、私どうすれば・・・・。」メイド長が今にも死にそうな表情で椅子にもたれかかった。困惑してたのは彼女だけで無かった。他のメイド達も全員青ざめ、只ロビーでオロオロするばかりだった。

「まあまあ、島田さん、落ち着いて・・・・。」島田というのはメイド長の名である。年配の刑事は気の毒そうに彼女をなだめた。

「ご家族の方には・・・・未だ連絡がつかないのですか?」

「それが・・・お2人とも世界中を飛び回ってて・・・・此処に帰ってくるのは年に数回程でして・・・・私達は誰一人として連絡先を教えられてないんです・・・・。」慟哭しながらメイド長は暫く語り、遂に床に伏せってしまった。

「ああっ!私がついていながらこんな事になるなんて・・・・旦那様に申し訳が。ああっ!いっそ死んでお詫びを。」

「わっ、待った待った。」自分で首を締め始めたメイド長を刑事と数人の部下達が取り押さえた。

「とにかく、姫宮氏への連絡と捜査を平行させよう。・・・その手紙の第一発見者は・・・ああ、君か。名は?」

「は、はい、須藤明菜と申します。」

「須藤さん・・・・貴方がその不審な手紙を見つけた時の事をもう一度、詳しくお聞かせ願いますかな。」

「はい・・・・昨日の零時だったと思います。私が玄関を消灯しようとして、ふと門を見たら・・・・。」

「手紙が入った封筒が入ってたと。」

「はい。封がしてなかったのでダイレクトメールか何かだと思って中を開いたら・・・・。」

「姫宮泰三の御子息、姫宮陽介を誘拐したとの文章・・・すなわち脅迫状だったと。」

「はい。最初は悪戯だと思ってメイド長に相談したんですが・・・・。」

「坊ちゃまが何処にも居ないんですよぉぉぉ・・・・。」メイド長が泣き崩れながら叫んだ。

「しかし妙ですな・・・・・・。誘拐したといっても身代金やその他の要求とかが一切書かれていない・・・・。」

「警部・・・怨恨の線とかは?」隣の部下が聞いた。

「それは別部隊が捜索中だ。・・・・・おそらくまた連絡が来る筈だ。おい!屋敷の周りは?」

「はっ!既に全ての場所に人員を配置しております。」

「よし。おいっ、各国大使館への連絡は?」

6割方捜索願いは済んでますが・・・・やはり国外となるとすんなりと行かず・・・・。」黒ぶち眼鏡の部下が汗をかきながら答えた。

「そうか・・・。島田さん、陽介君は登下校はどうやって?」

「いつも車で送り迎えです。でも運転手に聞いたら、その日は確かに坊ちゃまは屋敷に戻られてます。夕食もちゃんと取られてますし・・・・。」メイド長は体制を立て直して答えた。

「つまり、脅迫状が見つかった直前まで陽介君は此処に居たと・・・・ふ〜む・・須藤さんが悪戯だと思ったのも無理は無いか・・・・。」

「誰かに呼び出されて黙って出て行ったとか?」

「いや、この年頃だ。こっそり脱け出してどこかに遊びに行ったとか・・・・・。」

「坊ちゃまに限りそんなふしだらなマネは!」メイド長は今度は怒り出した。

「まあまあ、あくまでも可能性としてですよ。」警部がなだめた。

「まあ・・・とにかく、人質の生命が最優先です。既に非常線が張ってありますが、いつ事態が変わるかも知れませんので・・・此処を捜査本部にしたいのですが・・・宜しいですか?」

「はあ・・・・本当は旦那様の許可が要ると思いますが・・・・仕方無いでしょうねえ・・・。」メイド長はうな垂れながらソファに腰掛けた。

「それでは、一時解散とします。それから我々が居る事を察しられるとまずい。皆さんいつもと変わらぬ様子でお願いしますよ。」困惑した表情で出て行くメイド達の中、里佳子は1人涼しい顔をしていた。どうやら警察の誰1人として陽介がこの屋敷の一部に‘監禁’されてる事を想像しないらしい。ほっとした反面、拍子抜けな感じだった。

(続く)

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