姫                 (3) 

                                            作:テンちゃん  

 
柴田修理亮勝家は吹きすさむ寒風になびく毘沙門天の陣旗を見ながら厚い髭をなでつけ大きく息を吸った。
52に手が届こうとしている彼は、ますますその燻し銀を感じさせる武者顔を平伏する配下陣にことさらゆっくり向ける。
信長に長らく仕え、第一線で武功の多くをあげた彼の太い首から、老体とは思えぬ低音が陣中に響いた。
 
「ではっ!、、、、、、、、、、この軍議、、、そうゆうことでよろしいのじゃなっ!、、、、駒を直せいっ!」
 
かがり火が焚かれた中央、ひときわ大きな羊皮に墨で描かれたこの界隈の地形、城所、兵数が象牙の駒を動かし配置し直される。
 
その隣りでは旧長尾家、現上杉家の軍師、宇佐見定満、直江兼続等が刻々と伝わる情報を元に再度陣形の組み立てと、要となる支城や砦の防備、荷駄隊への後方支援ルートなど侍大将共に的確な指示を出していく。
 
総大将こそ柴田勝家となってはいるが、事実上この天下を分ける戦いは、兵力、軍備、蓄えなどの面からも上杉家が大半の鍵を握っていた。ただでさえ奥深い越中、異例とも言える冬場の行軍はひとつ間違えればおのれの所領共々失うことになりかねない。
だが、普通の考えられる戦で、あの男に勝つのはあまりにも無策といえた。
 
この当時、下克上は至る所で見られたが、そのほとんどの予後は不良であった。
どのように取り繕っても君主に刃を向けた、という汚名は二代三代と続くことになりそれはやがて自家に跳ね返ってくることになる。
 
だが、あの男だけは事情が違う。魔王に天下を取られるなどあってはならぬ。神が許してもワシが許すものか。
当家は織田信秀様に仕え申してはいたが、あの恐れを知らぬ愚息、信長に仕えた覚えは微塵もない。
信秀様の位牌に灰をぶちかけるなぞ正気の沙汰とは思えぬわ。そのせいで平手殿が腹を斬る始末。
確かに今川や斉藤家を討った武才は認めようも、それもこれも我等武将の働きがあってこそ。
配下の家臣を露のしずくとも思わぬあの態度に辟易せんはワシだけではないわ。所詮は戦国の世。
勝った者だけが名を馳せしも、この柴田、貴様の功績など抹消してやるわ。こうして多くの武家が賛同したのもその証拠。
12も年下の男にいいようにこき使われた毎日もあと数日で終わるのじゃ。
 
「この戦、、、、、毛利さえ邪魔立てせねば、、、、二日とかからず終わりましょうぞ、、、あとは北条がどう動くかにかかっております」
 
宇佐見定満は勝家の膝元で完全に白くなったこうべを下げた。浅黒くなった皺の数は、それだけ多くのいくさ場を経験してきた証しだろう。のちに、武田家が真似たであろう赤備えと恐れられる甲冑は十数年前、彼が最初に考案したものだった。
 
「家康めはすでに取り込んでおりまする、、、、、、、、、、、、我が軍に勝機があるのは間違いありますまい」
 
「なんと、、、、、、、、あの徳川をであるか、、、、、、そちの働き、、、大義であるぞ!宇佐見殿」
 
「武田と徳川との合戦の折り、、、何度となく我が上杉家が助け船を出した懇意、、、、よもや忘れてなかったようで」
 
「宇佐見殿の見立てがあれば鬼に金棒、、、、、この勝家、、、毘沙門天様のご加護があれば、、もう恐るるものはございますまい」
 
「まだ、、、、よきに報告はございまする、、、、宇佐見殿にかわって申しあげまする」
 
直江兼続は後ろに控える柿崎影家、村上義清、中条籐資など武田の騎馬隊にもひけを取らぬ猛将を従え勝家に向き直った。
出家したとはいえ、その赤黒い袈裟の坊主姿の奥、猛禽類のような眼が光っている。
 
「北条の民はこのところ、流行り病に冒されてる様子、、、、、この戦、、、動かないと見るのが筋かと、、、、、さらには伊達家がいい働きをなさった、、、、、出羽の最上家、南部家などの豪族、領主、国人を懐におさめし背後をつかれる恐れもございますまい」
 
宇佐見定満が追随するように口を開く。
 
「使いの者によると、伊達の従属国である佐竹、二階堂、蝦夷の蠣崎も我が軍門に下ったとのこと、、、、、、、、、、」
 
さすがは北国の虎共じゃ、、、かつて大規模な範囲で展開された一向一揆もこの重鎮達がいればこそ内々で治められたのも頷ける。
領土欲がないと偽善者ぶった今は亡き謙信も、この者達の働きがなければ瞬く間に他勢力から吸収されていっただろう。
第4次川中島の合戦の折り、武田信繋、そしてあの軍師として名高い山本勘助をも討ちとった猛者の集団は、勝家に、この天下を分ける聖戦に、なくてはならない存在だった。
 
「めざとい北条など、、、、いまさら氏康が動いたところでこの戦、、、、、こちらに分があるわ、、、、、のぉ、、父上殿よ」
 
その時、勝家の養子、勝豊が奥まった所から声をあげた。
 
黙っておれ。この莫迦息子が。お前が言う一言一言、ここにおる者は耳をそば立てて聞いておるということがまだ分からんか。
おのれの失言により、この戦、勝ったところで我が柴田家に全て転がり込んでくるとは限らんのじゃぞ。
ワシの息子といえど上杉を立て、奥まった座に構えさせた意味を理解できぬのか。身のほどを知れ。しかし、、、、、、、、、、
 
早馬の報告によれば北条家はまだこちらの傘下に入ることを拒んでいるとのこと。しかし、元々公家であった今川家が滅んだあとゆくゆくは同じ公家である自分の所領に織田家の触手が伸びることは武田が滅ぼされた今となってはこれ必死。
はようこちら側につけばよいものを。勝家は軍議の上座に鎮座していたがゆっくり立ち上がると、左右に長い列を作った反信長派の面々を睨みつけた。
 
「じゃな、、、、、、、、、、、、、氏康め、、、、小田原城でやつが悶々としておるのが見えるようじゃわ、、、、のぉ!みなの者!」
 
おおおっっーーーー!!      おおおっっっーーーー!!        おおおっっーーーー!!
 
信長が最も信頼してただろう猛将の声は、このような少数精鋭部隊を率いる時ほど発揮されるのか。
威厳だけではない、同志の魂をも震えさせる言霊が随所に巧妙に含まれていた。
 
「かつてあの信長は比叡山焼き討ちのもと、女子供も皆殺しにしおったわっ!、、今こそ毘沙門天様の裁きを受けるべきときっ!
強靱なる関東管領上杉家あれば大儀は我にありっ!、、、、、、、、、、あの魔王を討つべくみなのもの、、、奮起なされよっ!!」
 
おおおっっーーーー!!      おおおっっっーーーー!!    おおおっっっーーー!!
 
オオカミの咆哮のようなかけ声が嫌がおうにも勝家のアドレナリンを沸騰させていく。いい時の定め。ここで終わるのじゃ。
 
だが、一番手前左に座した前田又左右衛門利家がおずおずと口を開いた。ちっ、、、なんじゃ、、、この男、あなどれんわ。
 
「しかし、、、かような謀反、、、、、、成功するものかどうか、、、、、勝家殿、、いま一度考えられてはいかがかな」
 
槍の又左、と勇猛ぶりばかりが伝わるが、この男、喋るときは非常に物静かであったという。
事実、江戸時代まで大大名のまま生き残れたのは前田家を置いて他になく、いかに彼が世渡り上手だったか窺いしれよう。
 
「なにを言われるっ!利家殿ともあろう雄が、、、、今さら臆病風にでも吹かれ申したかっ!、、甥の慶次殿は機転がきくゆえ双方共々、ここ一番、、、かぶいてみてはいかがかのぉ!?、、、、、、、、、時は一刻、一刻と過ぎておるのじゃぞっ!、、、、」
 
「とはいえ、、、、、、勝家殿もあのお方からの賜りもの、、忘れたわけではございますまい」  「なにをっ!、、、、、、くっ!」
 
こやつは安心ならん。信長の衆道(少年期の性相手)になったせいか深い寵愛を受けておる。背中を見せたら斬られるわ。
かといい加賀の後ろ盾なくしてこの戦、勝機がないのもまた確か。お松を質にとって正解だったわ。
 
たかだか8万石の烏合の衆だった利家は今や信長の寄騎、赤母衣衆という名の強襲部隊を率いるまでに成長している。
勝家にとり利家はそばに置きたくない男であり、同時に手放したくない男の一人だった。
 
その反対側、鬼のような戦面をつけた滝川一益が辺りに轟くような咆哮を上げた。
 
「この戦、、、、こちらに大儀ありっ!、、、、、、、、、、信長公はいざしらず、、、、あの禿げねずみだけは生かしておけんっ!」
 
前々から秀吉と一益が仲が悪いのは知っておったがこうも犬猿の間柄とはのぉ。よほどキンカンを討ち取れなかったのが悔しいらしい。こやつが動く前に必ずあの猿めが邪魔立てしおるのは単に猿の機転が早いだけのこと。そなたのような馬鹿力だけでは天下など取れたものではないのはこのワシでも分かるわい。もう少し頭を使いなされよ。
 
信長の居城、安土城まで直線距離にして80q、雪化粧で覆われた茶臼山を背にした陣で、男達は咆哮し続けた、、、、、、
 

 
この時、すでに信長は動いていた。すぐさま北条家に信忠をやり所領安堵の取り決めをしている。
 
記録上、信長に軍師は存在せず、全ての作戦立案は彼の独善で決定、決行された。
(竹中半衛兵や黒田如水等は秀吉直轄の軍師であり信長の軍師ではなかったとされている)
そのため、古参の武将でさえ主の行動を知った後、慌てて追随する形の戦が多くあったとされる。
本能寺の変間際、森欄丸が光秀の様子がおかしい事に気づき、意見具申したがこれをも彼は退けている。
 
すなわち、側近の者でさえ知らぬ情報は他家に流れることもなく、行動の速さにおいては群を抜いていた。
 
なかなか縦に首を振らなかった氏康だったが駿河湾に展開された鉄甲船の大船団を目の前にすればうなだれるしかなかった。
全ての砲艦が居城である小田原城に向けられ、半ば強制的に同盟の書状に血判を押すことになる。
この時、信長は日本で初めて陸海同時戦術をしたとされ、その後、このような戦法が常用されていくことになる。
その後わずか数刻、人海戦術で病疫の流布をながし兵の確保にあたった。
 
同じころ四国攻略にあたっていた信考、長秀らが長曾我部元親をも取り込み戦国最強と詠われる村上水軍の全指揮権を握る。
この報を聞いた島津家、大内家も一時休戦という形で和議が成立。秀吉、秀長の懸命の働きかけにより織田家に組みしつつあった。
のちにマンガにもなった仙石秀久らの活躍ぶりはこの頃が特に凄まじかったという。
 
問題は徳川だった。同盟反故の書状を信長はその使い共々斬り捨てたという。
堺の街を遊輿名目で滞在していたはずの家康は本能寺の変の直後、伊賀の忍達に匿われながら姿を消していた。
 
そして、ありったけの金銀財宝をばらまいても首をたてに振らない武家がここにも一つあった。
 
「秀吉殿、、、、、、、何度こられても、、、、いい返事はできませぬ、、、、勘弁なされよ、、、、」
 
「あんたァ、、、、父上殿の言葉ァ、、、思い出してちょぉよ、、、、、三本の矢がありゃァ簡単にゃあ折れねぇもん、、、、今こそだきゃ
今こそ、、、、、、毛利、織田、北条でぇさ、、、、、、、この三本の矢ぁで、、、どげかのォ?もっぺん考えてちょォよ」
 
秀吉はその報を聞いた時点でただちに中国地方全土に和議申し立てを行ったが毛利家だけは依然、色よい返事が貰えていない。
 
「し、、、、しかし、、、、」   「あんたさァ、、、この戦、、、終わったあとの方、、、大変だぎゃんのぉ、、、わしも頭いたいんだぁ」
 
あくまでものんべんたらりんとした口調の秀吉であったが、そこに隠された意味を毛利輝元は見逃さなかった。
 
それは秀吉からの体のいい脅しであり、織田軍が勝利で終わったあと、毛利家は即刻取り潰し、という意味にも聞こえた。
刻々と織田家になびく他家を目にして、毛利輝元は自身の置かれた立場を鮮明にせねばならなかった。
 
「くっ、、、、、、、そのような父上のお言葉、、、、わかり申した、、、しかし当家は織田に組みするは不本意、、、、秀吉殿、、、そなたの配下に加わることは叶わんか?、、、、そなたのような人徳のあるもの、、家中、そなたを慕っておる者も多く、、高松城においては死人を出すこともなく、、敵将なればまことにあっぱれであったと、、、、、なにとぞ、、、、、、、この輝元から、、お頼み申す」
 
城における水攻めは単に人道からくるものではない。自身の持つ兵の温存と城を落としたあと極力改修をせずに済むよう費用対効果の面からも勢力拡大を目指す織田家にとって画期的な戦略といえた。それは、見る者によっては人徳があるとされるのだろう。
事実、疫病で死んだ兵士を(ペストと思われる)城内に投げ入れ病気を蔓延させたり、兵糧難により馬肉人肉を食う始末だったり必ずしも人道に沿ったものではない。
 
「ほんとだぎゃ?、、、、、ありゃァ、、、、まぁいいべさ、、、しっかし殿には黙ってちょォうよ、、、、、首はねられるもんにゃぁ、、だはは」
 
秀吉は自分の首に指を添え、斬られるジャスチャーをし豪快に笑った。のちで言う、中国落としである。
 
火の国が、今まさに二つに割れようとしていた。
 
こうして、織田、毛利、長曾我部、島津、大内、北条連合軍 対 柴田、上杉、徳川、前田、伊達、真田、最上、南部、佐竹、二階堂、蠣崎(その他東北地方所領豪族)連合軍の歴史上、最も大規模で凄惨な戦いは幕を開けたのである。
 

 
「ええいっ!、、、、仕方ないであろうっ!、、、よもやこうなる事とは思わなんだ、、、、、、あの明智めっ!しくじりおって!」
 
脂のでっぷりと付いた体で家康は大広間の上座を右へ左へと忙しく歩き回っていた。
普段なら重厚なはずの振り袖、金色の葵の家紋もだらしなく腹のあたりで丸みを帯びている。
 
その手前に深々と頭を下げたひとりの男が君主を見上げた。徳川家きっての知将だけに研ぎ澄まされ、削られたような頬と口ひげが彼の所業の多くを物語っている。
 
「なれど、、、、、織田家と縁切りとなれば他の家臣のまとまりがつきませぬ」 「それをするのが貴様の仕事じゃろうてっ!」 ペチッ!
 
持っている扇子で本多忠勝の頭をはたくと家康はまたウロウロと畳を歩き始めた。
 
「ええいっ!、、どうしたものかっ!、、上杉の使いはまだこぬのかっ!、、尾張から信長がこちらを睨んでおるのが分かるようじゃ!
きゃつめの同盟を反故にしたならばこの三河など、、即刻とり潰されるわっ!、、待てよ忠勝!まだ織田に使いを出すでないぞっ!」
 
建城され間もない浜松城はこの日、戒厳令が敷かれ、松平家にゆかりのある名だたる顔ぶれが出揃っていた。
評定の間には50を超す武家のトップが、ただただ苛つきを隠せぬ主君にこうべを垂れている。
 
あらゆる戦局面から考えてもこの戦は拮抗していた。大勢につくのが世のならい。そう理解してはいるもののこの戦だけは一歩違えばどう転ぶか分かったものではない。あのお方に刃を向けることがどれだけ恐ろしいことか。なれどこれも世の流れ。
上杉の使いを待っておるのに織田の重鎮、佐々成政がワシを懐柔に来る始末。よもやどちらについたとて同じこと。
 
最前列、本多忠勝の横、具足を着たままの井伊直政が静かに口を開いた。
 
「殿、、、、なぜゆえ我ら家臣どもに口添えもせずに、、、、」 
 
「じゃから急を要したと申しておろうっ!、、あの場で答えなんだらあの宇佐見定満等はわしを斬っておったわっ!、、、、、、、、、
堺に遊興などと申しおって、、、その実、わしをはめる場には、もってこいだったわ!よいかっ!、、服部半蔵がおらなんだらわしはとうに屍になっておるわっ!!、、、伊賀の者どもへは大いに褒美を与えておくのじゃぞ!よいなっ!!」
 
「御意に。なれど織田家との同盟反故の件、しばし待たれた方が賢明。して、明智殿の件、信長殿の耳には届いておりますのか?」 
 
信長と違い家康は家臣とのコミュニケーションを密にした言われ、このようなひっ迫した場面でもそれは実践された。
 
「分からぬっ!、、なれどあのお方の事じゃ!早々に感づくであろうのっ!、、今は欄丸の亡霊で頭が回らぬ事とはいえのっ!!」
 
数年前の信長に対する恨みを家康は忘れていなかった。実の息子と正室を斬首しろと命令されたこと。次男の秀忠はなんとか許してもらえたが娘達はことごとく織田家にゆかりのある家々に獲られている。あの時の憎悪、怨恨は並大抵ではなかった。
同じような冷遇を幾度となく味わった品の高い明智家と裏で引き合うのは必然と言えた。どちらともなく共謀、併合していき、その矛先は天下統一をもくろむ主君に向けられた。
 
結局、天下を平定したとなればこの三河、徳川家も後々減封、ゆくゆくは取り潰されるのは眼に見えている。
今は盟友などとクソの足しにもならん戯言を言っておるが、、、あやつの事じゃ、、、、、、、、そうなる前に、、、、、、、、、、、
 
今まで事の成り行きを見守っていた徳川家の最古参、酒井忠次が静まった場で口を開いた。
 
「しかるば、、、、織田方はすでにこちらの意図を見抜いておる様子、、、、光秀殿のことなればそれがしの一任にて画策したと、、、
ここはこの酒井家に全てお任せあれば、、、、、、この忠次、殿のためなれば喜んで腹を斬りましょうぞ、、、、、、」
 
信長ならばあるいはそうしたかもしれない。だが、家康はこの酒井忠次を亡くすことよりも当家のために生かすことを瞬時に考えた。
 
「笑わせるでないっ!、、きさん一人の切腹では、、この大事、、、収拾がつかぬわっ!!でしゃばるでないっ!」  
 
気違い沙汰に思える光秀の謀反も相当な後ろ盾がなければ実行されるはずもなく、後々の展開も考え合わせると秀吉とも考えを示し合わせておかねばならぬ時期にきていた、、、そうした最中に起こした光秀の暴走だった。莫迦めっ!きゃつを生かしおってっ!!
やるんであればなぜに徹底的にやらなんだっ!下手を打ちおってっ!キンカンの尻拭いはまっぴらじゃ!
 
畳を歩きながら己の考えた絵と、予想外の展開に家康の顔は狼狽してくる。その時、本多忠勝に駆けつけた老中が耳打ちした。
 
「なにっ!、、、、、殿の御子息である虎丸様が上杉の者に連れ去られただとっ!、、、、勝家めっ!計りおったなっ!」
 
松の屏風が置かれた120畳の間、家臣団が一斉にざわめき立つ。
 
「な、、なんと、、、虎丸が、、、ワシの可愛い虎丸がぁ!、あわわ」  「と、、殿、、、、落ち着きなされぃ!、、、まだ近くにいるものと」
 
「即刻、つ、、、使いを出せぃっ!、、織田に使いの者を!織田家との同盟は反故じゃぁ!よもやこのような手に出るとは、、、、、
じゃが虎丸を質にとられたとなれば致し方ない、、、みなの者ォ!当家は上杉につくものとする!よいなっ!」  「ははぁっ!!」
 
この時の家康の演技は名芝居としてのちに伝わる。いわゆる、狸の皮算用である。
虎丸など家康にとりどうと言うことはない。しかし織田との盟約を白紙に戻すにはそれ相応の大儀が必要だった。
 
家康の5番目にあたる息子、虎丸はこの時、、、、、、、北ノ庄城の奥まった座敷、、、、姫事之間に幽閉されていた、、、、、、、、
 
                                  続くのじゃ
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