※この物語はかなりフィクションで多少ノンフィクションです
ありゃあ。どおにも、こんなざみゃあになるとだきゃあ思わんかったでゃ。細川の文を届けにきた官兵衛も気ずかんかったでゃの。
こりゃあまぁ、こんぎゃなもんかもしれんがの。中村の百姓がこぉまで出世しただけでもめっけもんだわね。
たわけの信孝だけならなんとかなっとったかもしれんが織田家随一の出来もん信忠もかすり傷ひとつおってねんだわな。
さらには殿が生きておるんなら話しは違ぉてくるでゃな。天下は上様のもんだでゃ。誰にも邪魔にゃあでぎねぇもん。
下手な考ぎゃあ持っとったらいくつ命あっても足りんだわ。これからも猿でいくっきゃねえわな。
羽柴筑前守秀吉はそのような考えをおくびにも出さず目の前に座る丹羽五郎左衛門長秀に茶を勧めた。
喜々とした表情は赤く染まり、生まれたての赤子のようにも見える。
秀吉は長秀のことを嫌いではない。
数多くの猛将智将揃いにある織田家にあってごく少ない自分のことを認めてくれている存在だった。
明智勢を山崎の合戦で討ち、とはいえ天下が指の間からすり抜けた秀吉にとって尋ねたくない質問だったが、ここではまず、
なによりもそれを先に聞かなばならぬ気がした。信長により召し抱えられた時のあどけない表情が心配色に染まる。
「してぇ、あんたぁ、上様の容態はどぎゃあですかの?」
人好きのする表情を変えぬまま長秀は一口茶をすすると静かに言った。
「村井春長軒殿、森欄丸殿の見事なお働きにより、数カ所の火傷でおすみになっておりゃあす」
上様を死んだと思わせるには彼等の焼けた亡骸は絶対必須だった。あのキンカン頭のことだ。死体を細分に調べ上げるに違いない。
上様愛用の紅蓮の南蛮胴は背丈の似た近習に着せてある。
ほとんど炭化した亡骸を見てあのキンカンの笑みが浮かんでくるようだった。
「まっこと見事な家来魂だでな。わしゃぁもあやかりてゃあもんだでゃ。のう長秀殿よ」
尾張訛りと三河訛り、さらに中国地方に2年も釘付けになったせいか秀吉の発する訛りにはどこか捕らえどころのないものがある。
九州は島津、奥州は伊達とも面会することもあり、茶会や能などで身につけた語学とあいまり、実に奇怪な文法になっていた。
しかしそれは彼が尊敬してやまない主から、多くの所領攻略を任されてきた証でもある。
すきっ歯と早口により、聞く者にとっては要所要所の名詞と動詞を組み合わせるしか言葉としての意味は解読不能であった。
相手に考える暇をも持たさぬよう素早く回る弁舌と頭脳はこうして茶をすすってる時でさえまんべんなく稼動している。
決して相手を不快にさせることのないよう、下から覗きみるように問う独特の喋り方を前にすれば誰とて心を丸裸にされていった。
「しっかし長秀殿。京にあげんな抜け道あるとはぁ、だぁれも気づきゃあせんだで。さすがは儂等の殿様じゃ。そう思うでゃなぁ?」
その数わずか8名。夜闇に紛れ明智の旗印を起てた馬周り衆に身を隠し数刻。
琵琶湖周りで日本海側に抜けた信長は二日後、船を使って細川家の本拠に到達した。
その二刻半前には細川家安泰の書状を持った黒田官兵衛らが全ての受け入れを整えてるという手際の良さだった。
この時、多くのすっぱ(忍)が動いたと言われており、伊賀平定を謡った主にかわり、裏で密かに秀吉が便宜を図っていた賜物だった。こまたもんだでゃ。また武功を上げでゃあのぉ。こりゃちいとまずいよのぉ。
このところ、秀吉は自分の戦才に多少辟易していた。このまま武功をあげ続ければあのお方のことだ。
自分のことを危険と思った時点で切り捨てるに違いない。よって、立てた武功は近々の者に召し上げるようにしている。
上様に進言することが常に的を得ており、初めは儂のことなど露とも思ってないあのキンカン頭でさえ最近では競争標的にしていた。
厚い人望と広い人脈を拡張していくことは同時に、あの鬼神様の機嫌を損ねることにも繋がりかねない。
あまり出しゃばった真似をしてはいかん。それが秀吉が彼に仕えた期間、感じ得たものだった。
だが、そうは思ってはみても彼の優秀な配下陣らが知らずうちに武功を立てている。そのような調子が続いていた。
「してよぉ、あんたぁ、堺の若君のお守りも大変だでなぁ。うんうん。だでなぁ」
ニカニカとした秀吉の顔は自分の苦労を分かち合える気がして長秀も悪い気はしない。
しかし生まれ育った気風がそうさせるのか、彼は形式ばった語り口調で答えた。
「信孝様におきましては織田七兵衛信澄殿、謀反の嫌疑あり、との報告を受け四国攻略勢、及び堺にある、、、、、、、、、」
長秀がそこまで言った所で秀吉は全てを悟った。こうして人の話しを遮る癖は昔から直っていない。
「ほりゃほうでなぁ。あれは明智の女婿じゃ。織田の性を名乗るんぎゃあ天罰が下るでよぉ」
織田信澄がここに居る丹羽長秀の策により出し抜かれたことはすでに3日前に如水から聞いていることだったが、あえてそれは知らないふりをした。大勢につくのが戦国の世のならい。信澄には運がなかっただけのことだ。
あのたわけ信考のことだ。いいように長秀にまるめ込まれたのだろう。信考にも半衛兵のような軍師でもついてればよかったが。
しかし織田信澄が明智の女婿という明確な事実がある以上、命運たたれるのは時間の問題だった。
殿はその報を聞いた時こう言ったという。 「で、あるか」
血も涙もなく自ら第六天魔王と自負する殿であっても信孝殿と信澄殿との戦には手を出していない。
次男信忠殿に仲裁に入ってもらう案もあったが明智勢を破った山崎の合戦の折り、兵の疲労を考えてのことだった。
儂が光秀だったらならば。
秀吉はそうした言葉遊び、いや考え遊びが得意だった。彼のほとんどの戦はそうした敵陣思考を元に具現化され、用意周到な備えを緻密に配分化、合理化することによって成り立っている。今でいう軍事参謀長官。それが彼だった。
目をつむると明智日向守光秀の考えが手に取るように感じられた。
自分の持つ手勢5000にまずは血統の明智弥平次秀満の軍勢が4000ほど。
さらにはかつて共に足利義昭に仕えていた細川藤孝を頼るだろう。摂津三人衆のうち、高山重友、中川清秀、もう一人の池田恒輿は信長の乳兄弟であるから除外せねばならない。そして大和の筒井順慶。これらはまず信長の死を確信した時点で自分になびく。
全て合わされば15000の軍勢。織田前右大臣信長がいる本能寺は480人からなる近習しかおらず、寺、という特性上落とすにもたやすい。当然この数は近くにいる信長の次男、織田左近衛権中将信忠を討つためのものでもある。
いや、きっとあの父親譲りの血気盛んな若君は報を聞いた時点で向こうから討って出てくるだろう。案の上そうなったが。
四国侵攻を目前に控え、堺城で編成作業を行っていた織田家四国勢率いる織田信孝、丹羽長秀にとり本能寺炎上は電撃的な速さで伝わる。その後、42時間余りを経てその凶報は備中高松に伝わっていくことになる。
この頃、秀吉は織田家の重鎮、柴田修理亮勝家、佐々内蔵助成政、前田又左右衛門利家、さらには滝川一益、掘秀政らなど並いる豪族と肩を競う合うように頭角をあらわにしだし、織田家の五本指に数えられるほどまで成長していた。
中国地方攻略における事実上の大将と言ってもよく、水攻めという一つの城を落とすにはあまりにも時間のかかる戦略に業を煮やした信長がまさに援軍として駆けつける道中に起こった災難だった。
「な、、、なんだどぎゃあ!?、、、、なんだぁでぇ!?、、、、、、、、、、う、、、上様がぁ?、、、、まっことかっ!?」
秀吉にとり信長は、神にも等しい存在であり同時に恐怖の対象としても絶対的なものがあった。
生死が分からぬこととはいえ、こうはしていられぬ。安国寺恵瓊と蜂須賀正勝を呼べ。今すぐにじゃ!
竹中半兵衛、黒田如水等も舌を巻く、彼等は対外交渉のプロフェッショナルだった。この二人に任せればまず間違いない。
今でいう外務省外務局局長といったところか。
秀吉は無血開城目前に停滞した高松城を守る毛利家筆頭城主に素早く和議申し立てを行い、京に向かい疾走した。
こうして、、、、、、、、、、、、、、、歴史の歯車が、、、、、、、、、、、、音をたて、、、、、、、、狂い始めていた、、、、、、、、、、、
近江安土城と呼ばれる絢爛豪華な城は、かつて目賀田山と呼称された琵琶湖東岸、中山道を遠くに仰ぎ見る山頂に建っていた。
その険しい山肌に沿うよう、数カ所に支城が建てられ天然の、なおかつ実戦的な要塞と化している。
青瓦と赤瓦が五階建て、内部に至っては七階建ての城塞に交互に組みされ、見る者によっては鬼気としたものさえ感じえる。
天守閣は黄金に照らされ、天下統一に向けた本拠として充分すぎるほどの威光を放っていた。
その内側、朱色と黒色2色に統一された間で、織田前右大臣信長は瞑想にふけっていた。
自身の寵愛した森欄丸が本能寺で自刃してからここ数週間、生気の抜けた表情は残された家臣にとって大きな障壁となっていた。
定期的にある評定や軍議でさえなにも発することはなく、宿老衆が読み上げるまつりごとを片肘をつき聞いてるのみだった。
普段から口数少なく、要点だけしか言わない彼であったがここまで様変わりした姿は、見る者にとって哀れにさえ思えてくる。
秋も深まり山々の色合いも変わりだした頃、そうした瞑想にふけっている信長に宿老が慌ただしく駆けつけてきた。
「とっ、、、、、、、、、、と、、、、、、、、、、、、、、殿っ!、、、、、、、、、一大事でございまするっ!!」
信長はゆっくりと、その細く切れ上がった美しくも冷たい目尻で家臣を睨みつけた。
もともと毛の薄い彼は、髭を三年もかけ伸ばしたと言われており、色の白い女性を彷彿とさせる。
平時ならばこの眼で睨まれただけで畏怖する家臣も事の重大さに平伏した顔を素早くあげる。
用件の前にぐだぐだと言われることを最も嫌う主を知ってか、その宿老は短めに事の最重要点だけを簡潔に述べた。
「ははっぁ!、、、、、、、、、、、北国攻めにあたっている勝家殿、離反の事とっ!上杉と内々の和議、同盟のうえ、信州上田における真田、さらには奥州探題の伊達共々、美濃に下るうえ、早馬にて殿に申し伝えよとっ!」
信長の、急に生気を帯びた瞳は切っ先鋭くその家臣に向けられた。ひときわ高い彼の声が間、全体に響く。
「なにっぃ!、、、、、修理が謀反とな!、、、、、、、しかしあれには又左がついておるではないかっ?」
「はっ!、、、、前田家におきましては中立を保つとのことでありますが、利家殿のご内様、お松様が人質に取られており、、、」
「なにっ!、、、、、、松がか!、、、、、、、、、、、ならば敵方とみんと、、、、、くっ、、、、、、あのアゴめっ!」
柴田勝家の顎が二つに割れていたことから、信長はこう呼ぶこともあった。
キンカンの謀反を早々に片づけぬからこのような事態になるのじゃ!手元にある長刀で平伏する宿老を一刀両断のもと斬りつけたい衝動に駆られたが、今はこの者の報告を聞くが先。
しかし、、、、、、、、、、、、、、、信頼していた重鎮がそのようなことを考えておったとは、、、、、、、、、、、、、、、、、
天下を目前にして彼の思惑とは裏腹に、ヒビに苔が生えるように黒い影が次第に浸食していく。
柴田の阿呆はともかく、北国の虎と恐れられた上杉、そして前田、伊達、なにより歴戦の猛者が揃う真田が組んだということは駿河の北条も落とされたと思っていいだろう。
あの界隈は、我が手で武田を討ち滅ぼしてから山賊夜盗が巣くう無法地帯と聞く。この戦、動きだしたら早いだろう。
こちらには四国にあたっているサルをはじめ一緒についている信忠、、、、、、、、、、くっ、、、、、、、あやつめはどう動く?
三河の腹狸、家康、、、、、、、、、、、、、、、やつのことだ。同盟という名の保護のもととはいえ、好転と見るや大勢につくに違いない。
しかし家康を完全にこちらにつければ訓練された三河衆のことだ。少しは分がある。
慎重な毛利はこのような戦、動かないと見ていい。しかし、屈強なる九鬼水軍を要したとしてもとても勝てる戦には思えなかった。
「あいわかった!、、、、、、で、あるか」
ひたすら平伏した宿老は信長の声を聞くと、主の気分が変わらぬ内、逃げるようにその場を離れた。
信長は天守閣の外廊下に出ると、遠くを見るように考え出した。
城下では彼が開いた楽市、楽座の盛況に活気つく民衆の声が冷たくなってきた秋風と共に運ばれてくる。
抑えの要として嫁がせたお市も今となっては役立たん。即刻兵を用意せねばのぉ。
男達のこうした思いは、、、、、、、、、、、、、、、、、、錯綜しながら、、、、、、、色合いを濃いものにしていった、、、、、、、、、
越前はその日、ひどく冷えていた。北ノ庄城の瓦には白いものがうっすらと体積し、峻険な剣岳は凍ったように毅然とそびえている。
柴田勝家と信長の妹、お市のあいだに椿姫、百合姫という二人の姫がいたことはあまり知られていない。
双子で生まれた為、栄養状態のよくなかった当時ではあったが、この越前の肥沃な土地が彼女達を健康に育てていった。
先の嫁ぎ先で茶々を初め五人もの子供を産んだお市だったが、みな大きくなった所に産まれた子供をたいそう可愛いがった。
勝家の持つ強気で頑固な性格と、お市の細長の美貌をほどよくブレンドした見立てのいい姫達だった。現在いずれも22歳。
この時代にしては嫁ぐのがあまりにも遅いが、このような混乱期に大中の豪族は政略結婚など微塵の義理にも感じておらず、婚期が伸びに伸びていた。結納までこぎつけたものの戦乱の世の習い、反故にされた話しも数回ではない。
母、お市は兄、信長の威光を放ち、娘達に少しでもいい武家に嫁いでもらおうと必死だった。
それはやがて、この柴田家家中の安泰へと繋がっていく。
大広間に二人を呼び付けたお市は二人を交互に見入ると諦め半分、問い正すように詰問した。
「これ、、、椿に百合や、、、、、、、、、、そちら、、、また殿方をダメにしたのじゃな、、、、、侍女から聞いておるわ」
「母上さま、、、、、、、、、、、、、、、、、なにをそのような不埒なことを、、、、、、、、、、、、、」
一応は姉である椿が上品に着物の袖を口に当て、気恥ずかしそうに答える。声は小さく、澄んでいる。
しかし、母である自分はこの子らの性癖を知っている。まるで自分の若い頃を見てるようでなんとも忍びない。
「そなたらは、、、、、やや子でも出来たらどうするつもりじゃ?、、、、、、全て内で果てさせておるのじゃろう?」
「母上さま、、、、たいがいにしてくんなましぃや、、、、、、なんぼ母上でもゆうていいこととわるいことありますわぁ」
京都は二条城に三年、駿河は北条家の小田原城に二年ほど幽閉されていた妹、百合は様々な地方の訛りが抜けきっていない。
変な訛りで喋りおって、、、、、まるであの禿げネズミのようじゃ、、、、、、、、けがらわしい、、、、、、、、
兄様の草履持ちに仕えた頃からお市は籐吉郎という男が嫌いだった。
美貌肌が多い織田家にあってお市とその姉、お犬は特に絶世の美女とされ、その血は信長と秀考にも美男として伝わっていた。
お市は非常に背が高かったため着物のはしょりを作らない独特の着方をしていたほどで、その気性から兄信長がお市が男として生まれたなら優秀な武将になっていただろう、と言わしめた。
また、お市が一度癇癪を起こすと夫、勝家でさえ恐れをなし寝所に逃げ込む始末だった。
美貌であるが故、怒った顔は夜叉のように変貌し、侍女達は腫れ物に触るような毎日を暮らした。
そんな父と母を見て育った二人の姫に、殿方とは単なる玩具にすぎぬよう映っていた、、、、、、、、、、、、、、、
続きたもうぞ