「よくさぁ、馬力って言うじゃん。50馬力とかってよ〜。でもよ、オマエ考えたことある?アレって1馬力、ウマ1頭分のパワーあるってことだろ?その1頭つうのは何歳の馬のことなんだぁ?2歳と5歳とじゃぜんぜんパワーちげぇと思わねぇ?牡か牝かでも微妙にちげぇと思うんだよな俺。だからよ〜、なんつーの?そうしてみるとケッコーあいまいだと思わねぇ?世の中ってよ〜」
別にいいだろ。どうだって。轟くほどの単車をアイドリングさせたままメットを片手に昌樹が言ってきた。
鶴ヶ岳峠の中腹あたり、自動販売機の灯りがさみしげに漆黒の闇を照らしている。峠もこの辺まで来ると気温も下がるのか吐く息は白くライダースーツの中にも染みるような冷気が入ってきた。
この山では冬場、遭難も多いらしい。去年も大学生数名が帰らぬ人となった。(山岳救女隊・参照)
俺はゴロンと出てきた熱い缶コーヒーを取りながら何も喋らず奴の言うことに耳を傾けた。
「な?だろ?、、、そう思うだろ?、、4歳の牡馬が腹一杯食って思いっきり引っ張った力、とかなら、まだよ、あ〜そうか、それが1馬力なのかぁ、って思えるけどよ、《馬1頭分のパワー》じゃわかんねーつーんだよ。、、、、なぁ!」
なにか自分が新しい発明でもしたような嬉しそうな顔を俺に近づけてくる。今年17になった俺にも昌樹は子供みたいに見えた。
「そんなのどーでもいーけどよぉ、お前、ガス足りんのかよ。下まで。、、、さっきリザーブ光ってたよなぁ。この辺スタンドねーぞ」
俺の気持ちが伝わったのか、昌樹の単車から低くうなる排気音の間隔がだんだん狭まってくる。
ブススゥン・・・ブススン・・・ブスゥン・・・・・・・・ブスン・・・・・・・・・プスッ・・・・・・・・プスッ・・・・・・・・ププ・・・・・・・プ・・・・・・
ピストンの駆動がひときわ重くなり、太いマフラーが最後に大きく震えたと思うと鉄の塊は死んだように動きを停止した。
「おめぇ!!ガス欠してんじゃねーかよっ!!馬鹿かよ!どーすんだよっ!、、、、、、、、俺のもちょっとしかねーし、、電波届かねーぞ、ココ!!、、、、ナニしてんだよお前よー。どうするったってよぉ」
今までハツラツとした昌樹の顔が一気に暗くなり、自分の愛車に駆け寄ると素早くスターターを押した。
ウィィゥィィゥィィン・・・・ゥィィゥィィィン・・・・・・・ゥィィ、、ゥィィ、、ゥィン・・・・・・・ゥィィンゥィ・・・・・・ゥィィ・・・・
果てしなく広がる漆黒の闇に、その音はとてつもなく頼りないものに聞こえてくる。ゥィッ・・ゥィッ・・・・ゥィィン・・・・・
害虫が鳴くような音を聞いてると、なぜかますます心細くなってきた。
「、、、、もぅ止めろよ無理だよおまえ、、、、、う〜ん、、、、、とりあえず俺が下まで行って」
「ま、、待てよっ!、、お、俺を置いていく気かよっ!!こんななんもねートコに、、、、ケータイつながんねーのかよ、畜生っ!!」
それにしても遅い・・・・・・・・・・・2本目の缶コーヒーに口をつけた俺に3時間ほど前の昌樹の不安気な顔が浮かんできた。
2ケツで行くことも考えたが、奴の単車を野ざらしに放って行かなければならず、それ以前に俺のメーターも振り切れる直前だったので燃費が落ちることを思えばそれも出来なかった。
「チッ、、、、、、、、、、、、なにしてんだよ、、あのヤロー」
言うとも知れず、ついて出た独り言に深いため息をつき腕時計を見ると午前1時を少しまわっている。
昌樹が行ってすぐ、つんざくような爆音をあげた平べったい車が2台、競い合うようにタイヤを軋ませ下っていったが俺が手を挙げる間もなく疾風のようにあっという間に去っていった。
週末ならともかく、この先、見栄えのしない展望台しかない峠道をすき好んで登ってくる者はいない。
ときおり点滅する自販機に大きな蛾が数匹狂ったようにぶつかる音以外まったくの無音が辺りを支配していた。寒さも時間と共に増し、自分を抱きしめるよう腕をまわすとゾクゾクとした震えがきた。
遠くから山びこのようなエンジン音が聞こえる・・・・・・・・また走り屋か・・・・・・
少しずつ大きくなってくる音を聞いてると何もない山中で人に出会うことの『ありがたみ』が実感できた。急カーブに目を凝らすとヘッドライトの明かりが淡い陰影となってガードレールに当たってくる。
・・・・・明らかに数台の車とバイクの音。よく聞いてるとそれは走り屋のようなチューンナップの仕方ではなく、どちらかと言えば人々に聞かせるためにディフォルメされたような音だった。・・・・・・・・・・・ぞ、族かよ・・・・・・・
一瞬、隠れることも考えたがもう遅い。【日本紅夜叉連合支部会】と一筆書きで、ある種、見事なバランスさえ感じられる旗が俺の目の前で強い風にあおられていた。見ると明らかに手を加えたであろう5台の単車を先頭に2台の改造したバンが連なっている。
正しい暴走族の形、というものを示すようにそれぞれが俺を囲んだまま停車し、意味のないアイドリングを繰り返していた。
この中途半端な構図。俺のことを意識して停車したようにも、単に自販機目当てに停車したようにも見える。
俺は喉が乾いてただ、ここで缶コーヒーを飲んでる人。そうだ。そうゆうことにしておこう。今さら走って逃げるわけにもいかない。
俺は内心ビクビクしていたが『そんなの当たり前でしょ』みたいな顔でヒョウヒョウとしていた。めまぐるしく変わる心の動揺を見られてはならない。どうすればいい?こっちから『こんばんわ』と言うのもなんだかおかしい。『冷えてきましたね』は絶対あり得ない。
『カッコいいっスねぇ』にしておこうか・・・・・・・そうだ・・・自分は敵ではない、という意味の、このあたりが無難な気がする・・・・
単車を誉められてムカつく奴はいないはずだ・・・・うまくいけば俺も同業者のように見られる・・・・かも・・・・・・
ただしソレは向こうが俺に対し、なにかアクションを起こした時だ・・・・それまで決して関わってはならない・・・・・・・
先頭の赤いメットを被った奴が単車を降り、俺に近づいてきた。マズイ・・・・どうする・・・・とにかく笑え・・・笑ってごまかせ・・・・
笑顔は人を幸せにするはずだ・・・・俺は今笑えているのか?・・・・ちゃんと笑えているのかよ・・・・・・
フルフェィスのメットに自販機の明かりが反射し相手の表情が分からない。
俺の目の前に立ち、後ろに止めてある昌樹の単車の方を向くといきなりこう言ってきた。「それ、君の?」
こっちから切り出そうとしていた手前、ソレキミノ、という単語が俺の中で形作られるまで相当時間がかかった。「ええ、まぁ」。
違うだろ。俺のじゃない。昌樹のだ。なぜそんな嘘をつく必要があったか知らないが俺はそう答えていた。そして一瞬のま。
俺は混乱する頭で考えた。ツッパリにもいくつかある。話せば意外にイイ奴で思いやりがあるタイプ。毎週読んでいるマンガではそうゆうキャラが圧倒的に多い。ここから・・・・・さぁ・・ここからが肝心だぞ・・・・・・
とりあえず「それ君の?」と言ってきたこの人を納得、あるいは喜ばせればこの場でなにかされる、という最悪の状況は避けられそうな気がした。
「じ、、実はガス欠しちゃって、、、ハハハ、、、、、どうしようかと思ってたんです」
話した直後、なぜか余計なことを言ったな、という後悔にも似た感覚が足元からきた。
ウーハーから漏れ出るラップらしい大音響と共に、地割れしそうなエンジン音が真夜中の峠に響き渡っている。
「これから下降りるのよ、、、、後ろの車でよけりゃ乗りな、、、、、、女しかいないけどね」
ヘ?・・・お・オンナ?・・・・・女の子?・・・・暗がりのせいか今まで男だとばかり思っていたが背や体格からすると確かに女の子だ。改造したバンや単車もピンクや赤を使い女性を強調している気がする。そうだよな・・・『紅夜叉』だもんな・・・・・・
自販機の前で彼女がメットを取った瞬間、フサフサァ〜としたロングの髪が夜風に揺れた。・・・・ゲゲッ!か、可愛い・・・・
外見上、昔みたいに特攻服を着込み化粧の濃い女を想像してたが、俺より少し年上らしい綺麗な女の子だった。ジュースをどれにするか迷ってるところなどその辺にいる女の子と同じでとてもいい。
「い、、いいんスか?、、、、、じゃぁ、せっかくだから乗せて行ってもらうッスかぁ、、、、、、ハハハハ、、、、、」
もう昌樹のことはどうでもよくなっていた。奴の単車も知ったことじゃない。相手が女の子ばかり、ということが分かると今までの不安と恐怖から解放された喜びで俺の口はなめらかになっていた。
小型のミニバンに女の子が4人。車内は薄ピンクの電飾が至るところでネオンのように飾られ、豹柄のフワフワしたシートがスれた大人の女の子を俺にイメージさせた。バックミラーには動物キャラのマスコット人形が束のようにかかり、発進と共に大きく揺れる。
男が乗っていない車内の空気はなぜか新鮮な感じがし、オーデコロンの甘い匂いがエアコンにゆったりと撹拌された。
「はじめてなんだよね〜、、、、、、オトコ乗せたの」 「そ、、、そうなんスか、、、、、、」
それが悪い意味なのか、いい意味なのか分からないまま峠道を登っている。
「なんか緊張してない?、、しょうがないか、、みんな女の子だしね、、、あ、でも君より年下もいるよ、、向こうの車に乗ってんだけどね、、ほら、この辺に姫ノ美学園って女子校あるでしょ、、、、、そこの生徒なんだけどね」(私立姫ノ美学園・参照)
「はぁ、、ジブンはあんまこの辺のことは知らないんスけど、、、はぁ、、、そうなんスか」
「あ・・・・なんだよ、ミニパトじゃねーかよ、、、も〜!、、、捕まえらるもんなら捕まえてみろよな」(おしおきポリスの2人・参照)
「ヒェ!、、、な、なんとか振り切ったみたいっスね、、、こんなとこでネズミ取りっスかねぇ、、ふぅ、、、あぶなかった、、、、」
「ねぇ、、ねぇ、、千秋ぃ(新体操倶楽部・参照)このあたりだよね、、、、、超有名な精神病院あるとこってさ」(缶詰シリーズ・参照)
「そうなんだぁ、、、、、あたしも噂だけは聞いたことあるんだけど高校出てからあんま来てなくってさ、、、この辺、、、」
「あ〜ぁ、おなか減ってきたなァ〜、、そーいえばさぁ、近くに超おいしーラーメン屋さん出来たんだってぇ?」(出前の伸吾君・参照)
「夜中たべると太っちゃうよ〜!せっかくジムでダイエットしたのにぃ!(セックスジム・参照)、、あ!見て見て!、、UFOっ!?、、
ねっ!?今の見た?、、、絶対UFOだって!!今のっ!!(ミクロとマクロ・参照)」
普段、男友達としか遊んでない俺には、女の子達の会話の内容がこんな取り留めのないことだと初めて知った。次から次に話題が飛んでいく喋り口調は男にないもので聞いてるだけで楽しくなってくる。
俺の乗ったバンの前方や真横にバイクが連なり、こうして集団で走ってるとある連帯感が芽生えてくる。
走りだしてすぐ、聞こう聞こうと思って聞けないでいたことが俺の口からようやく出てきた。
「あ、、あのぉ、、、、、いま思ったんスけど、、、、、なんか下りてんじゃなく、、、、登ってますよね、、、、、、?、、、、上に、、」
「そうだよー、、、、展望台に向かってね、、、、、あの辺だったら人、、絶対いないし、、、、、クスクス」
「ひ、、人?、、、な、、なんかさっきの方の話しだと「これから下りる」ってことだったんスけど、、、、」
「リーダー、そんなこと言ってたんだー、、、、、ってゆーかぁ、、、君、、、今夜のごちそう君なんだよねー、、」
「ご、、、、ごちそう君?、、、、、、はは、、、、、なんスか、、、それ?」
今まで明るく喋ってた車内の女の子達が、なにか急に統制が取れたように静まりかえった。その問いには誰も答えない。
なにかパーティでもやるんだろうか・・・・・・こんな夜中に?・・・・・・・ごちそう君って?・・・・・・・・・
肉や魚のご馳走ではないような気がする・・・・・ごちそう君だもの・・・・・・・・俺を見て・・・・・ごちそう君だもの・・・・・
空気が一気に冷めたようにその後しばらく誰も口を開こうとしない。なにかやばい匂いがする。
「も、、、、もうこの辺でいいっスよ、、、、、、、、、そういえば友達待ってたんだ、、、、、そうだ」
「いいから黙って乗ってろっつーの、、、、、、、、、、、」
俺の隣、さっきとは全然違う口調で女の子が言い出した、、、、、、、、、、、、、、、、、、