デジベル                  

                                            作:テンちゃん  

 
                        (環境公害課    相談指導係)
 
 
そんな名刺をアパートの玄関前で差し出された俺は正直戸惑っていた。果たして、問題はこんなことだっただろうか?
しかし公に相談でき、なおかつ円満に解決できる最終機関といえばここしかなかった。
 
 
 
「いやねぇ、、、、うちとしてもすでにご入居して頂いてるお客様には強く言えんのですよ、、、ご理解して頂ければ、、、、、」
 
それが不動産屋の答えだった。そのうっすらと禿げあがった初老の男は、こうも言った。
 
「できれば、、、、できればですよ、、、、、当事者同士で話し合って解決して頂ければこちらとしても幸いなんですがねぇ、、、」
 
「それが難しいから、わざわざここに来てるんでしょ。隣人とのトラブルなどは不動産屋を通してと、、ほら、契約書にも、、、、」
 
ちょうど昼飯の出前を食べ終えたらしく、つまようじを片手に面倒くさいのが来たな、とその目は語っていた。
 
「いえね、、、住民権ってのがありましてね、つまりこっちから強制退去なんかさせられないわけですよ。分かりますかねぇ、、、、
例えば家賃を数ヶ月滞納した、なんてことでもあれば別なんですけどねぇ、、、、ここはひとつ穏便になんとか、、、、」
 
「いや、別に出てってほしいなんて思ってませんよ。ただ、少し騒音を静かにしてくれってことですから、、、、、」
 
「それでしたらねぇ、、、やっぱりお宅から言ってもらった方が角が立たないと思うんだけどねぇ、、、、、」
 
つまりは関わり合いたくないということ。話しは終わったとばかりに食い終わった丼を片手に持つ。
 
「そう言いますけどね、コンポの音やテレビの音がうるさいってんだったら俺も遠慮なく言いますよ、、、、、」
 
その禿げ親父は、なんでか分からないが丼を持ったままうっすらと笑みをこぼした。頭に血がのぼってきた。
 
俺は話しにならないとばかりに不動産屋をあとにした。
 

 
「んー、、、、、、、、、25、デシベルですね、、、、、、、まぁ、、確かにお宅の言うとおり、、、、騒音と言えば騒音ですが、、、」
 
そのインテリ風の若い役所の人間は難しい顔をしながら、そう言った。
環境公害課 相談指導係 主査  それが彼の肩書きだった。
手には集音マイクをつけた無線機のようなものを持ち、なにやら手帳に書き込んでいる。
 
「それにしても、派手にやってますよねぇ、、、、」  「でしょ。これを毎晩聞かされるんですよ、こっちは」
 
すでに時計は午前1時を過ぎ、明日仕事の俺も、明日仕事であるだろう彼の顔にも疲労の色が浮かんでいる。
音を計りにきただけなのにキッチリとしたスーツを着こなし、それが俺を一層イライラさせた。
 
「その、25デシベルってのはどんなもんなんですか?」
 
「あ、、いや、、一応、第一種住宅地域においては35デシベル以上あれば、市の公害防止条例に触れるということでして、、、」
 
「35デシベル以上?、、、、、それに罰則規定はあるんですか?」
 
「いや、特にそのようなものは、、、私どもにそういった権限はないわけでして、、、住民同士の話し合いで決着がつかない場合、、
 あ、、、我々も当然民事の指導ということで調査させてもらうわけですが、、、、こういった場合双方の、、、、」
 
役人らしい難しい言葉を並べたてた若い男は、インテリ風のメガネをすこし手でずらした。こうなれば闘いだ。俺にも意地はある。
 
「あんたさ、、、25デシベルってあくまでも今計測したんですよね?、、、それにこんな部屋の真ん中で、、、俺のベッドはそこに
あるわけですよ。もしもちゃんと計測するんだったら何月何日何時で計って、それを周期的にやって数値の平均化を、、、、」
 
俺も馬鹿みたいに熱くなっているのは分かったが引き下がれなかった。なんといっても彼はイチ市民の最後の砦だ。
無表情のなかにもうすら笑いを浮かべ、俺を見つめている役人の顔にますます語気が荒くなってくる。
 
「いやいや、こんなもんじゃないんですよ、、、、そりゃ今は25デシベルかもしれませんが、、それは平均じゃないんでしょ?
もしかしたらひどい時なんか50デシベル位いってるかもしれないわけですよ。分かります?、、、なんとかしてくださいよ」
 
「そうおっしゃられましても、、、、、、私どもはあくまで市民の皆様に公正な立場でして、、、、、それに50デシベル、と言われましても
 それはなんというか、、、瞬間最大風速みたいなものでしょうし、、、、」
 
瞬間最大風速?なんだか話しがどんどん違う方向にいき、まんまと丸め込まれそうな自分がいた。さっきので押すしかない。
 
「やっぱり納得いかないな。もっとちゃんとしたデータを示してくれなきゃ。何月何日、何時から何時までの間にどの位置で
計測して平均何デシベルを記録したと。それがあなたの言う35デシベル以下だってんならまだ分かりますけどねぇ」
 
もう小学校の口喧嘩みたいになってる。やけくそだ。
 
「まぁ、、、理屈は分かりますが、、、そうしますと例えば24時間ここで計測したとしますよね、、そのあいだ全くの無音の時間帯も
あることでしょうし、、、、、、、、それを平均化しても35デシベルに届くかどうか、、、、、、、、、、」
 
「役人さんね、俺はそんなこと言ってんじゃないのよ。昼はどうでもいいわけ。こっちも仕事してるわけですから。問題は夜なの、夜」
 
少し大きい声を出した俺に臆するでもなく、その役人は薄ら笑いのような表情を崩さなかった。
 
「なんだったら、その計測機ここに置いてってくださいよ。こっちで記録つけますから、、、、、決まった時間に」
 
「しかし、、、それは公平性に著しく欠けるわけでして、、、、、」 「そしたらあんた、、毎日ここに来ますか?俺はそれでもいいけど」
 
「はぁ、、、、、まぁ、、このことに関してはもう一度上司に相談してみましてですね、、、、、私どもも精一杯の努力をですね、、、、」
 
どうやらこの男の口癖は「私ども」らしい。私ども、と複数化することがイチ市民にプレッシャーになると信じている。
 
 
しかし、、、、、、、、、、、、、、それから、、、、、、、、、、その役人が姿を現すことはなかった、、、、、、、、、、、、、、
 

午後八時。俺は意を決して隣りの部屋に苦情を言いに行くことに決めた。
今夜もあの騒音を聞かせられると思うと胸くそが悪い。
 
パンチパーマのチンピラ。おどれなんじゃコラァ!隣りのモンかい!?やるんかいっ!?お、やるんかいっ!ぼうず!
なんぞ文句でも言いにきたんとちゃうやろなぁ!?お、くそガキャー!いてまうぞおどれぇ!!、、、、、、、、、、、、、、想像。
 
こうゆう苦情を言いに行くときは、なんだか正体不明の相手に闘いを挑む気構えになる。ピンポーン、、、、、、ガチャリ。
 
「なんでしょう?、、、、、、、、、、」
 
女は初め、そう言った。
 
「あれ?、、、あの、すいませんがお宅、、、ちょっと夜、、、、、その、、、、、、、、、、、もう少し静かにしてもらえますでしょうか?」
 
俺のなかで作られたパンチパーマの関西男は美しい女性に変わっていた。
てっきりそうゆう類の人間が住んでいる想像ばかりが一人歩きし、俺は勢いを削がれた感じでトーンが静かになる。
 
その女は20代前半にも後半にも見える不思議なオーラを放っていた。
 
「あ、、、隣りの方ですか?、、、、、、やだ、、、、、クスクス、、、、、、、、あの子ったら声うるさいんですよ、、、、すいませんね」
 
あの子ったら声うるさい?、、、、、、、、、、、、、、、俺は少しのあいだ意味が分からずその場に立ちつくした。
 
「もぅ、、、、女の子みたいな声で喘ぐんですもの、、、、、ンフフ、、、そっか、、、隣りまで聞こえちゃってたのね」
 
女の子みたい?、、、、、、、完全に戦闘態勢でいた俺はそんなことを平然と言ってのけるノースリーブの女を見つめ続けた。
健康的に日焼けしたルックスは意外に長身でビーチバレーの選手に似ていた。玄関にはサーフボードが立て掛けられている。
 
ネッタリした視線で俺を見つめながら、一度、乾いた唇を舌でなぞる。息が少しだけ酒臭く、俺を挑発してるようだった。
なにかしらのスポーツをしているのか肩幅もしっかりしている。ホットパンツから剥き出しのスラリとした脚が見えて俺は唾を飲んだ。
 
「あたしもね、、、、うるさくないよう手でクチ塞いだりしてるんですけどね、、、塞いであげるともっと興奮しちゃうのよ、、あの子」
 
俺はいきなりきた下半身の異変に身を引いた。女はその異変を敏感に感じたらしく視線が下を向く。
明らかに自分より年下だと感じた女は、俺を値踏みするよう見つめ続けた。彼女が喋るたびアンズの甘い酒の香りが漂った。
 
「もしかして、、、、、、あなた、、、、そうゆうこと想像してさ、、、、、、、、オナってたりしてますぅ?、、、かわい、、顔あかくして」
 
女は少し日焼けした腕でドアを押さえながら、そう言った。部屋中に立ちこめたアルコールの匂いが俺をめがけ吹いてくる。
 
「なか入る?、、、、、いま誰もいないし、、、、、、、、隣りが君みたいな人だったから安心しちゃった」
 
俺の部屋と同じ構造。ワンルームの奥。パイプベッドが丸見えで、そのベッドの柵に手錠がぶら下がってるのが見えた。
 
「い、、、、いや、、お、、、お宅の、、、、あれがですね、、、、25デシベルなんでして、、、、その、、、あ、、、いいです、、失礼します」
 
「、、、、、、、、、、、、、、、、、、、デシベル?、、、、、、なにそれ?」 「い、、、いや、、、、なんでもないんです」
 
たじろぎまくり、帰りかける俺に彼女が言った。
 
「今夜さ、、、、あたしのペットちゃん来るから、、、、、、、ちょっとうるさいかも、、、、、、興奮しないでね、、、、クスクス」
 
 
てっきり女の子の喘ぎ声だとばかり思っていた声が男の子のモノだったとは。
俺は彼女が男の子をベッドに寝かせ、手錠をはめるところを想像した。
 

 
 
午前1時。シーンとした部屋。
 
 
寝よう寝ようとする俺にさっきの会話が反芻した。、、、、、、、、、、、、、、、、今日ペットちゃん来るの。興奮しないでよ。
ノースリーブ。ホットパンツからあらわになった太もも、、、、、、、、、、、、、、、、、、、あの子ったら声うるさいのよね。
パイプベッドの柵にぶら下がった手錠、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、女の子みたいに喘ぐんですもの。
サーフボード。ほどよく日焼けし、しっとりとした肌、、、、、、、、、、、、、、、、、、、想像して、オナってたりしてます?
 
寝られない。とても寝られたもんじゃなかった。それに反応するよう下半身は大きくなる。その時。
隣りの部屋から、かすかに呻き声のようなモノが俺の耳に届いた。駆け巡る想像。寄せ集まる妄想。
 
いま、俺と同じ間取りの隣りの部屋で、とんでもないことが巻き起こってる気がしてくる。
 
俺は、いけないと思いつつも床に転がっている週刊誌を筒状にして壁に耳をあてた。
 
「、、、、、、、、また、、、、、、あたしに、、、、、、、、、、、られたいのォ?、、、、、こ、、なに大きくなって、、、、、、わよォ」
 
それは鮮明とはいかないまでも、所々歯切れたような音声で耳に届いてきた。
 
「今日さ、、、、なりの人きてね、、、、、、、、、たし達のこと、、、、ってたの、、、、、、もしかして今も、、、聞い、、、るかもよ、、、、、」
 
続いて幼いような男の子の喘ぐ声が聞こえてきた。そしてすぐに女の、少し張ったような声が聞こえた。
 
「ねぇ?、、、隣りのボクちゃ、、、、聞こえ、、、、るぅ?、、、、、、聞いて、、、んでしょ?、、、、いま、、、なにして、、、と思う?」
 
俺は自然に片手が下半身に伸びるのを止められなかった。
 
週刊誌ではもの足りず、何かないかと辺りを探した。ちょうど食べ終えたカップラーメンの容器があった。俺はハサミで素早く底を
耳の大きさに合わせ切り抜いた。
発砲スチロールのそれはいい集音機に変わり、壁にあてると手に取るように隣りの物音が聞こえてくる。
 
「ほらァ、、、、聞いてんでしょォ?、、、、これから入れるところ、、、、、、、、、ン、、、、、ン、、、、、、、 ンッあ」
 
男の子のあげる声を無視するように彼女が言っている。隣りの住人に聞かれているのがハッキリ分かってるみたいだ。
俺は早まる心臓をおさえるのに必死だった。いま、こうしてる間にも淫らな行為がすぐ隣りの部屋で行われている。
 
「聞こえるゥ?聞こえてるのォ?、、、、、ほらァ、、、この子すごい声でしょォ?、、、あたしが腰くねらせるたびにィ、、、、ンンァ」
 
隣りの部屋の俺に聞かれてる、ということが彼女にとってさらなる興奮材料になっているようだった。
まだ大人になりきれてない男の子の喘ぎ声が断続的に聞こえてくる。
 
「だからこうして手でふさいであげるのよォ、、、、ね、、あなたの声、、隣りの人に聞かれてるの、、、、、恥ずかしいわねぇ、、、」
 
俺の頭には、彼女がしなやかな体を四つん這いにし、男の子の口を手で塞いでる映像が浮かんでくる。
女の腰だけが上下にポンプアップされ、いきり起ってるだろう男の子のモノが肉の狭間に埋没を繰り返す。
ついさっき、玄関先から見えたパイプベッドが激しく軋む音が聞こえ、俺のモノはギンギンに起っていた。
それを擦っていると、たちどころに限界になってくる。
 
「まだイったらダメよォ、、、、、ほらァ、、、、、、隣りのボクゥ!聞こえてるぅ?、、、あなたもまだイったらダメだからねぇ、、、、」
 
自分の手でオナニーしているはずが、まるで隣りの女から陵辱されてるような不思議な感覚だった。
その男の子も限界なのだろう。泣き叫ぶように女に懇願してる声が聞こえてくる。
 
「ほらァ、、、、しっかり私の目を見なさァい、、、、、まだダメよ、、、、、、まだイってもいいなんて、、、、、、、、っあ!?、、、もぅ、、」
 
男の子の悲鳴がひときわ高くなり、それにかぶさるように女の叱咤する声が聞こえてきた。
うっ、、、、、、、、、、、、それと同時に、片手で握っていた俺のモノからも精液が飛び、壁に飛散していく。
 
「まだイってもいいって言ってないでしょ、、、、、、もしかして隣りのボクぅ!、、、、あなたもイっちゃったんじゃないでしょうねぇ?」
 
もうあまりの気持ちよさに立っていられなかった。
俺は思った。
 
 
この騒音は、、、、、、、、、、、、、、、もう少しこのままにしておこうと。
 
 
                                めでたしめでたし  

てんちゃんの目次