綺麗だ。とてつもなく綺麗だ。いや、綺麗などと言う形容詞でこの眼下に広がる世界を語ってはならない。
トラバーユ1号の小さい窓から見える青く光り輝く地球は神秘に満ち溢れ、本当にこの世に神が存在してる気がしてくる。
薄い雲に隠れたユーラシア大陸は、まるでジオラマのようで、都市の箇所だけ煌々と光を放っている。
東シナ海では低気圧が発達しているのだろう。渦巻きのような雲海がモンスーンに姿を変えゆっくり北上している。
地上では天災と呼ぶものであっても、ここから見るそれは、あたかもこの星が活発に躍動し、健康であるように見えた。
そこに、初めて生命の息吹を感じ、この星自体が生物のように呼吸しているのが伝わってくる。
初めて宇宙から地球を見た時、斉藤は泣いた。ただ、その美しさに驚愕し、涙が溢れてきた。そこに意味はないように思えた。
戦争、宗教、人種、国境、それら全てが、ごくごくちっぽけで些細なことに思え、この星に住む全ての生命体は共存し、生かされて
いるのだ、と悟った。
昔、ドイツの宇宙飛行士はこう言った。
「ここからこの星を見た全ての罪人は自分の犯した罪を憎むだろう。その罪で涙を流した者はその罪人を許すだろう」と。
邪魔な光線が一切入らない宇宙空間では月が間近に見え、そこから黒いビロードに宝石を散りばめたような色取り様々な星群が広がっている。
全くの無音。この機が発っする等間隔のわずかな機械音を除けば完全な静けさが辺りを包みこんでいる。
高度230マイル。地上からおよそ360qの高層圏。
時速18000キロ以上で移動してるとは思えない安定した機は、太陽の日差しを背に浴びながら、ゆっくり宇宙ステーションに向かって
いた。
斉藤は体に染みついた動作確認をしながら、両手が自然に計器に伸びるのを感じた。
「スロットルレベル2、、、、マスターアーム位置オーケー、エアインテイクポジション確認、、、、、、、、MOP異状なしだ、機長」
「スロットルレベル、、マスターアーム位置、、、エアインテイクポジション、、、全てオーケーだ、、、、どれ、、、やっこさんも相当、暇にしてるに違えねぇ、、、、斉藤、、ステーションにいるゴルチョフの奴にウオッカの土産でも持ってくればよかったな、、、ガハハッ!」
8年前に完成した宇宙ステーションカールは、たった一人のロシア人宇宙飛行士によって管理されている。
地球から飛び立った全ての有人シャトルは、すべからくここに立ち寄ることとなり、まさに宇宙駅の意味合いを持っていた。
老朽化が進み、今回をもってその役目を終える巨体は、トラバーユ1号を抱くように全貌を現してくる。
「NTシステム起動オーケー、、、、クイックノズル位置、、確認、、、、、、、本機はこれよりドッキング体勢に入る」
「NTシステム正常、、クイックノズル位置正常、、、、よし、斉藤、全てオーケーだ、、ドッキングサイン、ヒューストン、オーケー?」
例え目視で計器の動作を確認しても、声に発し、隣りに座る同僚に再確認してもらうことが、ここでは義務付けられている。
さらにヒューストンに連絡を取り、こちらが確認した機器が正常に作動しているか常時チェックが重ねられる。
以前は3分ほど時間差があった通信も、技術の発達により数秒程度に改善されていた。
「こちらヒューストン、、機体は健康そのものだ、、と言っても君らの女房ほどじゃないがね、、アッはは!、、では、いい旅を祈るよ」
アメリカ、コロラド州ヒューストンでは常時50名もの職員がこの機を見守っているが、その中でも通信専属要員として4名の連絡係が
いることはあまり知られていない。そのいずれもが3年間の地上研修を終え、クルー達と共同生活をした間柄だ。
クルー達の微妙な声質や健康状態も、おおよその会話を交えてチェックできる仕組みになっている。
ヒューストン本部の冗談を鼻で笑った斉藤は前方に迫りあるつつ宇宙ステーションに神経を注いだ。
銀色の鈍い光を放ち、太陽光線を一面に受けた巨体がゆっくり近づいてくる。
こいつが終われば今日の仕事はおおかた終わったと言える。あとはこの堅苦しい宇宙服を脱ぎ、カールでぐっすり眠りにつくだけだ。
ロシア産のウオッカか、、、、、本当に持ってくればよかったな、、、、、、
同じことを感じたのかジョンと横目が合う。
「なぁ、、斉藤、、、こうして宇宙空間にフワフワ浮いてると地面のありがたさが分かる気がするな、、、、」
「ああ、、、確かに、、、、まぁ、あとワンクールで故郷に戻れるさ、、、、その時しっかりと地面を踏みしめればいいさ、、、、」
家族のことを思ってるのだろう。ジョンの哀愁の漂う横顔を見ながら天井にあるスイッチを切り替えていく。
「今は仕事に専念しようぜ、、、、船長さん」
「ああ、、、すまなかった、、、、、、、、、、、、、、、よし、、ではこれより本機はドッキングに入る」
「了解。BRT灯オン、、、、、、トリムバーナー点火、、、確認、、、、、、、、IFFレーダー正常、、、出力アンチアイス、、オン、、」
「オーケー斉藤、、ピトースイッチ、、、フラップポジション、、、共にオーケー、、、、、、、斉藤?、、そんなに堅くなるなよ、、、
こいつぁ何度もやってるクソみたいな仕事だ、、、それともカミさんの怒った顔がちらついたか?、、、アッはははっ!こりゃ失礼。」
斉藤が無反応でいるとジョンは怒られた子供のように肩をすくめた。
ドッキング。それは簡単に見えこそすれ、人為的に最も事故の起こりやすい作業で、何度経験しても身の縮む思いがした。
ジョンはあんな事を言ったが同じ気持ちのはずだ。妙な不安感を抱かせないために自分に言ったことが斉藤には分かった。
地球という星に張り付くように移動している二つの物体は一見、止まっているように見えて時速18000q以上のスピードで序々に
近づいている。
シャトルの防熱材は耐久性よりも、むしろ燃費の無駄を省くため非常に軽量に作られていて、少しのミスが機体に多大な影響を
与えた。そのため、わずかの接触事故が大惨事に繋がることも少なくない。
「マスターアーム、、、オン、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、ん?」
ステーションとシャトル、お互いを繋ぐためのアームがコックピットの窓を塞ぐように、低い唸りを上げ窓際を伸びていく。
その時、前方、普通ならば緑の点灯を示してあるランプが急に赤に変わった。
しかし、このような誤作動は珍しいものではなく、やがて、その計器自体を診断するメインのコンピューターが正常である、と告げ、
緑のランプに戻るはずだった。
しかし、いくら目をこらしても前方のランプは赤く灯ったままだ。
いつもとは違う機械の反応に不安を感じた斉藤は、機長であるジョンの方を向いた。
「なんだ、なんだ?、、、、また機嫌が悪くなっちまったか、、よりによってこんな時によぉ、、、マザーから叱ってもらわんとな、、」
ジョンは溜息をつき自己診断プログラムのスイッチを押した。同時に地上からも耳にかけたイヤフォンを通して指示が下されてくる。
「ドッキング、、、、、2分前、、、、、、ヒューストン、、、どうすればいい?、、中止にしとくかぁ?、、こっちで一泊するのも」
ジョンが冗談気にそこまで言った時、前方の赤いランプが点滅に変わった。
つまり、誤作動ではなく、なんらかの異常がこの計器、及びホストコンピューターによって正式に認められたことになる。
しかも、左右上下、数ある計器の中でも視認性の良い前面に付けられたものは重要度が高く、黙って見過ごすことはできない。
「サブエンジンのとこだな、、、、、、ヒューストンはなんと言っている?、、、、、、、、ジョン?どうした?、、、」
ふとした違和感を感じた。ジョンの視線は自分を見ることなく上を向いていた。天井中央の小さい計器が一つ、ポツンと赤く灯った。
「こいつは昨日からぐずってやがる、、、、、ま、、気にするこたぁねぇな、、、、、それよりこっちの、、、??、、、なんだ?」
なんだってんだ?ジョンと同時に天井から視線を前方に戻した斉藤も思った。
さきほど赤く灯った計器の他に、緑色のランプが3個ほど赤く変化している。油圧系、、、燃料注入装置、、、逆噴射装置、、、、
いずれも重大な、飛行障害に直結するものだった。
「なにかの間違いじゃないのか、、、ジョン、、、、、、、、マザーはなんと言っている?」
メインのホストコンピューター、自己診断プログラムのことを、クルー達は愛称のある、この名で呼んでいた。
「、、、いや、、、何も応答がない、、、、、、、本部の指示を仰ごう、、、、、」
「おい、、、、こっちも、、、、、、、、、、、、、、、くそっ、、、、、、、、、こっちもか、、、」
ジョンが地上と通信している最中、壁面に埋め込まれた計器類に次々と注意を知らせるランプが灯っていった。
やがて、ただの赤い灯りは、要注意から異常を感知した点滅に変わっていく。緑から赤、赤から点滅へ。
「なにかとぶつかったのか?、、、それらしい衝撃は感じなかったが、、、、、くそっ!油圧系はほぼ全滅だぞっ!」
「ど、、、どうしたってんだ?、、急に、、斉藤、こんなこと初めてだぞ!、、、、ヒューストン!なにがあった?、、、、ヒューストン?」
「こちらヒュースト、、、ピリィィ、、、、ガ、、、、、、、聞こえ、、、ピリっ、、、、、、、ガガァァ、、、ただちに、、、、」
「ヒューストンっ!、、、、、、、、、、、、、ヒューストン!!、、、、、、、、、なんだってんだ!!」
不快な音にイヤフォンを外したジョンは素早く身を乗り出し、後方に休ませてあるクルーを呼び起こすためのスイッチを押した。
通常、クルーの仕事は、その細部に渡り分割化されており、やるべきことをやった乗組員は待機、という形になる。
「なんてこった、、、通信が突然とだえちまった、、、、そんなはずねぇ、、、この機だけで8つの衛星が捉えてんだぞっ!」
「MS端数を合わせ、、、!?、、、ダメだ、、ジョン、、、、、まるで電波が妨害されてるみたに反応しない、、、、そんなバカな、、」
ジョンの言う通り、通信システムにおいては何重ものフィルターがかけられ、万が一、メインの送受信機器が故障しても全方向走査による直接通信が可能なはずだった。
また、制御不能に陥った機をヒューストンからの遠隔操作により導くこともできる。
さらに、太平洋に展開しているアメリカ第7艦隊によるフェーズドアレイ方式の多機能レーダーにより、この機は注視されているはずであり、イージスミサイル巡洋艦に搭載された六角形のアンテナ素子は電気的走査を繰り返し、この機を見逃してるはずがない。
アメリカ本土以外、オーストラリア、カナダ、イギリス、韓国、その他各国に直径20メートルものパラボラアンテナが常時この機体に
照準を合わせ、突然、音信が途絶えることなど、惑星の裏側にでもいない限り、どう考えても起こり得なかった。
地上との通信不通はクルーにとり言うまでもなく精神的に重くのしかかる。一応機長という肩書きこそあるが、大部分の指示、選択
は地上の本部が取り仕切っているのが実情だった。
また、機体を客観視できないため、一つ一つの作業に相当な神経を使わなければならなくなる。
いや、作業うんぬんよりも、安易に地球に戻れない可能性も同時に浮上してくる。
地球の周回軌道を回りながら、針のような穴、角度で大気圏に進入しなければ機体ごと燃えつきてしまう。
そういった緻密な計算をするのも、また、コンピューターだった。
「全クルーに次ぐ、、、、今より、、オプション2に切り替える、、、速やかに俺の命令に従ってほしい、、、コックピットに集合しろ」
オプション2、、、地上訓練では考えうるいくつもの事故シュミレーションを研修し、速やかに最善と思われる体勢に切り替えられる
術を身につけさせられる。
当然、音信不通もその中に組み込まれており、今、機長であるジョンは地上との通信が途絶えたため、今後一切の指示、命令は
自分により行われ、それが絶対であることを機内に流した。
「まずいぞ、、、斉藤、、、このままだとステーションに衝突しちまう、、、、、、、なんてこった、、、KBSすら作動しねぇ、、、」
「クスマーフラットポイントが完全にずれている、、、、角度もオーバーだ、、、あと1分30秒、、、、、どうする機長?」
「とりあえずキャノピーに点火しろ!ブレーキがわりにはなるだろ、、、、なっ?ちきしょう!ハーフロールもいかれやがったっ!!」
「落ち着いて、、、ジョン、、、インニューモードに切り替える、、、、トリム位置をもう一度確認するんだ、、、、、、」
「そんなことはやっている!!、、、、くそっ!、、、なんにも効きゃしねぇ!!、、いったいどうなっちまったんだ!!」
「なっ!?、、、、キャノピーもロックだと!、、、、ダメだ、、、NTシステム自体やられている、、、、、なんでだっ!?、、なんで、、」
「いいか!斉藤、今思うことはなんでだ?じゃねぇ!どうするか?だ!、、、IFFを手動に切り替えろっ!」
「手動だとっ?、それはステーションにいる人間と交信できたらの話しだろっ!、向こうにもこっちの状況が伝わってないんだぞ!」
「ノジューパルスは試したかっ?、、、、、、、、、、、、、、、なんでもいいっ!衝突を回避する方法を考えろっ!!」
「ジョン、、、、、まて、、、、、、、、、、なんだ、、、こいつは、、、?」
斉藤が電源の落ちたメインモニターを見てつぶやく。
そこには子供のイタズラ書きのような文字の羅列と線、そして数字が不規則的に並んでいた。
「おおかたイカれたホストコンピューターが誤作動したんだろっ!、、、、、おいっ!聞いてんのかっ!」
いや、違う。バグであるならば、ここまで定義的な数式を並べるのは不可能だ。
こいつは、、、、
一見変哲のない忽然と現れた落書きが、実は理工学的に深い意味を持つデータだということに斉藤は瞬時に気づいた。
三次元高回路素子やフォトニック結晶の数式。
山のように描かれた線は導波路断面の屈折率分布をあらわす折れ線グラフであり、いくつかの丸や点はコア系の異なる導波路から
の出射光パターン。さらに難解な化学式は分子ピーク強度とフェルト秒レーザー光を形成する過程を示している。
多光子吸収による集光部分105W/p以上、0.84kHzの完璧、なおかつ安定した誘起光導波。
この分子集光部分が、ある一定の間隔で連続照射をくりかえすと何が起きるか。
すなわち、それは、物理的に言えばここに当てられた全ての物体は元素に還ることになる。
つまり、ここに表れているのは超高密度三次元光レーザーによる分子解像。宇宙工学を学ぶ者なら誰でも一度は夢に見る現象。
端的に言えば時空間移動、ワープについての数式以外のなにものでもない。
いま、この数式をそのままジュネーブにある国連本部に送れば次期ノーベル賞は間違いない。
これほど完璧な数式を目にしたのは初めてだった。
なぜ、、、、、それが今ここに、、、、、、、?
「くそっ!斉藤!、、、ユニット電圧が弱ってきてる!、、、こんなことあるかっ?、、こりゃ、、、長くはもたんぞっ!、、、」
ジョンの叫びに我に返った斉藤は、この機、全てのチャージ電圧を最大限まで引き上げようとレバーに手を伸ばした。
「よしっ、、フェイズ4に切り替えるっ!、、、、っ!!?、、、、、レ、、、、レバーが作動しないっ!、、、、、、そんなバカな、、、」
一般に、シャトルのような宇宙探索機は、機器を繋ぐケーブル全てにおいて二重三重のコーティングがなされ、重要な箇所になると6通りものルートが確保されている。
さらに、全ての電気系統は、ほぼ、独立したブレーカー内で蓄電され、異なったルーチン回路で配線されているのが常だ。
従って、一つの機器が異常を示したからといって、連鎖的に異常をきたしていくとは考えられなかった。
それが今や、病気が蔓延するように右から左にアラーム音が鳴っている。
「ダメだっ!、、、あっちこっちのシステムがダウンしてやがるっ!、、、こうなりゃ、、、一度全てのシステムを落とすか?」
「そんなんじゃ間に合わない!、、、、復旧に3時間はかかるんだぞっ!、、、それも5人がかりでだっ!」
「しかし、、こんなマニュアルなんてなかったぞ!、、、、、、、なんてこった!!、、、、なんの前触れもなく突然にだぞっ!」
「ジョン、、ステーションがどんどん近づいてくるぞ!、、、、このままだと、、、、、ぶつかっちまう!」
その時、マルチパルスドップラーレーダーが機体周辺2000メートルに近づく物体があることをアラームと音声で知らせてきた。
「けっ!、、、こんなクソの役にしかならん機械は生きてやがる!、、、日本じゃどうか知らんがアメリカじゃこういう時どうするか
知ってるか?、、、、、、、、こうすんだよっ!」
ジョンが大きな手を振りかざし、前面のパネルを激しく叩いた。
天井に幾つもある計器が、悲鳴のように赤く、または赤く点滅したものに変わっていく。
「くそっ!どうにもならん!、、、、、、、、、他のクルー達は何をしてる?、、、、、、、え?、、、、、オーマイ、、ガッ」
機長が座る席にはヒューストンと同様、クルー達のバイタルを示すモニターがある。それは中指に輪のようにくぐすだけで簡単に分かるもので、体温、血圧、脈拍数など、大まかではあるが数字として表示されるものだった。
コックピットに座る時は当然ながら、後方、居住区で生活してる時もこの装置を装着することは義務付けられ、ジョン、斉藤を含め
6人のクルー達はよほどの事態にならなければ外すことはできない。
それが今は全て0を指し、生存している証がなかった。
「な、、、なんてこった、、、、、、、み、、みんな死んでやがる、、、、ヒューストンはさっきまで何も言ってこなかったぞっ!!」
「そんな馬鹿な!、、、、リングを付けてないだけだろ!、、、もしくは、、この装置も故障してるかだ!」
「見ろ、斉藤、、、俺達のは正常に作動している、、、、全員が同時に外すことなんてあるかっ!?それに、誰も来やしねぇ!」
確かにジョンの言う通りだった。飛行28日目を迎えた今日まで、この規律に違反した者などいない。
リングを外した瞬間、ヒューストンからお叱りの連絡がくるはずで今までそうしたことはなかった。
寝る時はおろか入浴する時でさえ外すことなく付けられたリングは自分自身の体調管理も考慮し、自ら外す者などいないはずだ。
「どうなってやがるっ!、、、、、、、どうなってやがんだっ!、、、、ファック!!」
「き、、機長、、、今はドッキングに集中しよう!、、、、、くそっ!、、、マザーが機能してないって、、、そんなことあり得るか!?」
マザーと言えど2つの異なる回路を持ったスーパーコンピューター同士、互いに監視しあい、万が一、ひとつのメインが破損しても
安全な飛行を継続できるよう配慮されている。
「同感だ、、、、、なんの為にクソ重い機材を積んでやがると、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、しかしな、、斉藤」
ジョンは険しい顔からフッ、と息を漏らすと今まで見たこともない温和な表情に変わった。
「今さらどうしろってんだ、、、、、無理だよ、、、、、、、俺達に動かせるものなんて、、、何一つありゃしない、、、」
ジョンは体から全ての力を抜いたように、窓の外、青く輝く地球を見つめ、うなだれた。
「待てっ!、、、まだ諦めるなっ!!、、、、なにか、、、、なにか手が、、、、、、、、、ちきしょうっ!!」
海軍あがりの将校が軒を連ねるNASA機関では、最後の一秒まで諦めるな、というメンタル部分を鍛える訓練メニューも数多く
存在したが、目前まで迫ったステーションを前に、メインのコンピューターが機能不全に陥った今となっては打つ手もない。
そうした光景を見てるうち自分の全身からも力が抜けていくのが分かり、不思議に気持ちが楽になっていく感覚が斉藤を支配した。
「ふぅ、、、そうだな、、、、、、終わりだな、、、、、、あと1分ある、、、、、、、、、、、そういえば、、、娘さんは何歳になる?」
小窓に頬ずえをつき、眼下に広がる青い星を見ながらジョンが答えた。
「今年やっとガレッジを卒業したよ、、、、小さい頃は首に巻き付いてきたもんだが、今じゃ近寄りもしねぇ、、、、」
「はは、、、、、どこの国でも一緒だな、、、、、、、、、、、ちきしょう、、、最後に娘を抱きたかった、、、、」
「ああ、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、もっともだ、、、、なぁ?一服していいか?」
「、、、、、よく持ってこれたな、、、、、、、、、、、、、、、、感心するよ、、、、、、、、、、、」
それぞれ独立した警告灯と警告音がハミングを奏でるように、2人の顔を照らしていく。
「おまえさんもどうだ?、、、、、、、」
「せっかく2年も禁煙してたんだけどな、、、、、、、、、、頂くよ、、、、、、、、」
機長の差し出した年季の入ったジッポに赤く揺らめく火が灯る。狭いコックピットに芳ばしい紫煙が充満していく。
目の前には大きく角度を変えたステーションの結合部が迫り、シャトルを黒い影で覆っていった。
ジョンは斉藤の煙草に火を付けると、眼を細め、静かに言った。
「ほれ、、、、、ぶつかるぞ、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、目を閉じてろ、、、、、、、、、、」
斉藤は煙草を味わうように深く息を吸うと、、、、、、、、、、、歯をくいしばり、、、、、、、、、、、、、、、、、薄く目を閉じた、、、、、、、