武士道U     (2) 

                        作:テンちゃん  
   

目覚めると朝だった。
どうやら馬に乗った侍に追われたまま、森に逃げまどい、太い幹に背を預けるようにして眠りこくってたらしい。
眠りさえすれば全ては虚無、夢の中の物語であればよいと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
いよいよもってドッキリの線は消さねばならなくなってきた。
 
義郎は様子を窺うように木々の間から顔を覗かせた。
 
期待とは裏腹に昨日と寸分たがわぬ景色が目前に広がっている。
しかし、人間とは不思議なものでわずかな時間のゆとりさえあれば、ある程度ものごとを冷静に考えられ、その場に溶け込むように
順応してゆく。
義郎もまた、舞台役者としての判断力と客観性を総動員し、今、自分の置かれている現状を理解しようと努めた。
 
自分は実際にタイムスリップしてしまったのだろうか?
仮に、万が一、したとして今はいつ頃の時代なのだろう?
 
昨日通り過ぎた女や侍の格好を見るに、江戸時代中期から幕末にかけてが濃厚だった。
寛永、慶応あたり。ならば自分もそのような対応をしなければならなくなる。
 
昨日ちょうど侍と出くわした道を義郎は足早に駆けて行った。あまりビクビクした態度でいるのもどうかと思ったがあれだけの恐怖を
味わった付近に長居はしたくない。
 
丘を登りきると突然、万里の長城を彷彿とさせる木製の壁が地平線に沿うように永遠と伸びているのが目に入った。
それは広大な刑務所の壁のようでもあり、明らかにここより先はなにかしらの検閲、検問が課せられる気がした。
関所、、、、、、、、これが関所なのか、、、、、、、、、
 
これが人の手によって作られたものであるとは信じがたい。
 
その中央、小川の橋を渡った箇所ににゲートらしきひときわ大きな門扉があり、人々が蟻の群れのようにごった返していた。
昨日、出会った侍の格好をした者はおそらくここの与力だろうと推察できた。
 
近づくにつれ人の密度が上がっていき自分を追い越していく者までいる。
その多くは商人で、背丈より大きい籠を背負い無言のまま関所に向かっていく。はたから見れば挙動不審に思える自分もこの人混み
に紛れればなんとかごまかせるだろう。義郎はそう思った。
 
それにしても行く交う人々の一様に背の小さいこと。およそ子供と間違うほどの背丈で重そうな魚介類や農作物を運んでいる。
ヤッセ、ヤッセ、ヤッセ、、、、、かけ声と共に飛脚がふんどし一枚で走り去っていく。
あでやかな着物をまとった女が行き交う人に色目を送り、非人とおぼしき乞食が道端で物乞いをしている。
 
誰かに話しかけられはしまいかと内心気が気でなかったが、行き交う人々は自分のことで手一杯らしく義郎に興味を示す者は
いなかった。
 
おそらくここは江戸中期、これだけ物資が豊かになっているのだから織田の時代はとうに終わりを告げているのだろう。
女の着物をみるに秀吉の時代のものとも異なる。
よって今は徳川幕府が政権を治め比較的おだやかな時代であるはずだ。昨日、与力が尾張と言っていたことから家康、秀忠あたり
が将軍に就いているとみて間違いない。
 
さほど歴史認識に詳しくなかったが、勝手にそう思うことで自分の中のなにかが一つずつ解決していくような気がした。
 
橋もなかほどまで来ると人の列は密度を増し、これから訪れるであろう検問という特殊な決まり事に誰もが息をひそめている。
 
近くまで来るとまず、その門扉の大きさに圧倒された。ビルの三階建てはあろう二枚の扉が観音開きに口を開けている。
 
「おい!そこの者!!」
 
いきなり、なんの前触れもなく呼び止められた義郎は焦った。見ると、門扉の左右に直立不動に立つ侍の一人が睨みつけるように
自分に向かい歩いてくる。
 
「なぜゆえすみやかに関所に入らぬ。あとの者がつかえておるだろう。それともなにか通れぬ事情でもあるのか」
 
「い、、、いえ、、、、そうゆうわけでは、、、、あの、、、お手討ちだけは勘弁を、、、、、、、、、」
 
「手打ちじゃと?、、、、、おもしろい男だ、、、無闇に手打ちなぞするものか」
 
少しでも挙動に不審なところがあれば切り捨てられる、というイメージを持っていた義郎は表情がほころんだ武士を見ながら
胸を撫でおろした。
 
「なにかとっぴな格好をしておるのう。見たところ京の旅芸人のようじゃが、、、、、、、、、」
 
時代劇ではその時代に合った衣装を選び一応、侍という格好をしていたつもりだったがここでは芸人にしか見られないらしい。
 
「よし、、、中に入れ、、、、先に検分するむね、伝えてまいるゆえ」
 
猛々しい印象からは想像もできない優しい言葉に義郎は驚いた。案外、この時代の人間は優しさに溢れているのかもしれない。
 
奥に歩いていくと奉行所を小さくしたような白州があり、セットで見た光景とほぼ同じだったことにまた驚いた。
義郎の考える中では、ここで斬首や島流しなどの刑罰を言い渡されてる気がした。
 
その番所、一段高くなった中央に一見して身分の高そうないでたちをした侍があぐらを崩して座っている。
羽織に水色のはかま、両肩にはこの土地を標した家紋のようなものが金箔で縁取られていた。
 
ちょうど義郎の前の町人が検分を済ませた直後らしく、その場で深々と土下座をしていた。
 
その町人が去って行き、義郎はその場に正坐しながら思った。焦ってはダメだ。土下座は焦ってしてはならない。
なにごともゆっくり行うのが正しい。義郎はそんな漠然としたイメージに従って行動した。
 
ところがその侍はそんな作法をわずらわしいと感じたのか、じれたっそうに言った。
 
「よい。はよう手形を見せい」
 
義郎はびくついた。手形など持っていない。ここに来るならば当然考えなければならない事だった。入り鉄砲に出男。
つまり、江戸では武器が持ち込まれることと男が出て行くことに、ことさら警戒心を抱いていたことを思い出した。
手形がなければ関所破りとみなされてすぐさま投獄されてしまうだろう。
 
「あ、、、、、、、、、、、、、、、、、、あ、、、、、、、あの、、、、、、手形は、、、、、、、、、、あの」
 
その侍の形相が一変し、今まで崩していた脚に緊張がみなぎる。側で筆を走らせていた御用書きも怪訝な表情を浮かべた。
 
「まさか、、、、、おぬし、、、、、、、、、」
 
終わった。俺の人生はここまでだ。次の言葉を聞く前に義郎は目を伏せた。
 
「伊勢の美保御師様の使いか?、、、、その芸人を装った格好、、、、ややっ!?、、、、これはこれは粗相をした」
 
美保御師なるものがどうゆうものか判然としないまま義郎は顔を上げた。
役人侍の顔色がみるみる冷めていく。
 
「どうか我が尊大な態度で粗相をしたことについては、、、、、、、おい!!そこの者!!、、、すぐに連女を連れてまいれ!!」
 
レンジョ、、、、、、初めて聞く言葉だった。
 
いったいどうしたというのだろう。番所に構えていた数人の侍や与力が慌ただしく動きだしている。
瞬間的にその役人侍は自分のいる白州に飛び降りてきたので斬られてしまうのでは、と身構えたがそうではなかった。
あくまでも上から見ていません、という現れなのだろう。急に慣れ慣れしくすり寄ってきたことに冷や汗を掻いた。
 
「そのようなござの上に、、、、なんという、、、ささ、、、、、こちらに、、、、、、すぐに御膳を用意させますゆえ」
 
後ろで関所の大きな門扉が閉じられていく音がする。
 
「美保御師様には先々代からお世話になってますゆえ、、、、どうかこの加藤謹一朗文の所行を、、、、、」
 
「はぁ、、、、、、いや、、、、まあ、、、、、、、、、、、、、、、、、、、わかりました」
 
「なんと、、、、、お懐がお深いことか、、、、、、、、、おい!!まだ用意ができぬか!!、、、、、、、、ここの土地はそれはそれは
質のいいものが揃ってるゆえ、、どうかこれからも美保御師様には、、、、、、」
 
そう喋っている役人侍の奥から綺麗な着物を着た女がぞろぞろと十数名出てきた。
 
「今年はいかようにも若いおなごが不足していますゆえ、、、、いや!しかしこのような粒揃いは例年になく、、、、、、」
 
まるで年貢の見定めでもさせられてるような複雑な気持ちになったが、その言葉からは今年はどうかこれで勘弁してもらいたい
という鬼気迫るものが伝わってきた。
 
「ささ、、、、肌艶のよいおなご共が揃いましたゆえ、、、、、、どうかご気分を害することなく伊勢の、、、、、、、、」
 
俺はいったいこれからどうなるんだろう。義郎はこれから自分はどう動くべきか思案を巡らせた。
 
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