武士道U     (1) 

                        作:テンちゃん  
   

「、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、はい!!アクション!!!!」
 
袈裟斬りの構え。体に染みついた殺陣の動き。複数いる雑魚共が周りを囲むようにジリジリと迫ってくる。
えいやぁぁーーーー!、、、、一人が奇声をあげ大上段で突進してくる。それを皮切りに連動した殺陣が開始される。
一人、二人、三人とバタバタと地面に倒れ、残った一人を見据える。
輪で囲まれた殺陣の振りは計算しつくされていて流れるようなその動きに監督の唾を飲む音が聞こえてきそうだ。
 
「観念せい!、、、そのほうの悪行、隅々まで聞き及んでおる、、、、、、、」
 
ジリジリと間合いを詰めるが、追いつめられた恐怖で刀を持つ手が震えている悪代官と違い、自分は至って涼しげな顔を
している。
 
「き、、、、、、、、貴様ぁ!、、、、、これはワシの小判じゃ!誰にもやるものかぁ!!」
 
小太りの、所々、金色の振り袖を身につけたその悪代官は自分の体重を省みずドタドタと向かってくる。
刀と刀がぶつかり合うチーン!とした音が一回入ると悪代官の腹を横一文字に斬り、その姿勢のまま静止した。
 
二人が交錯した直後、時間が止まる。
 
ぐふっ!!、、、、やがて悪代官は短い吐息を漏らすと大仰なまでの演技で斬られたであろう箇所を抑えながらその場に崩れ落ちた。
 
「カッート!!!、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、オーケー!!、、、そしたら休憩入りまーす!」
 
俳優になって3年。義郎はいまだにこの季節、いや、この衣装に慣れることができなかった。
数時間かかったメイクもカツラから染み出した不快な汗で、ねったりとべとつくのが分かる。
主演とはいえ事務所契約では時代劇などなかったはずだったが、新人に早々いい仕事がまわってくるとも限らない。
 
この世界では有名な監督自らのオファーということも手伝って、あまり気乗りはしないものの承諾したのが失敗だったか。
いざクランクインしてみればドラマのような華やかさはどこにもなかった。
 
彫りの深い、一見、歌舞伎役者のような自分の顔を監督が気に入った、と後になって聞いたがやはり俺には向いていない。
 
義郎は着替えをするのももどかしく控え室で横になった。やはり空調の効いた部屋はいい。
ヒンヤリした風が熱を持った体を急速に冷ましていく。ほどなく連日の溜まった疲れが思考をゆっくりと撹拌していった、、、、、、、
 
 
 
 
 
チッチッチッ、、、、、、、、チッ、、、、
 
重いまぶたを開かずともそれが雀の鳴き声だと分かるまでそう時間はかからなかった。
仰向けの体勢、ぼんやりとした視界のなか、澄み切った青空が永遠と続いている。
 
ん、、、、、?、、、、俺は確か控え室で寝てたはずじゃあ、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、んん、、、、、?
 
照りつける真夏の日光が刺すように眼に入ったが、自分の置かれた状況を把握しようと義郎は身を起こした。
外気にさらされた肌は焼けるように熱く、吹き出す汗が着物に滲んでいる。
 
マネージャーの河合を目だけで捜したがどこにも居る様子はない。
腰に模造品の刀を付けたまま寝てしまったのだろう。ひどく横っ腹が痛んだ。
そこはちょうど義郎が子供の頃遊んだ田舎の原っぱのようでもあり、多種多様な草花が勝手気ままに咲き乱れている。
 
少し視線を奥の方にずらすと、手つかずの山がうっそうとした木々で覆われ、舗装されていない土まみれの小道が伸びている。
 
ひと目見ただけで都内でないことは分かったが、そうするとここはどこなのだろう。
 
人里離れた田舎のようでもあり、現実を伴わない夢のような風景でもある。
 
焦りに似た不安が義郎を襲ったがすぐに思い直した。
 
ずいぶん大掛かりなドッキリをするものだ。苦笑混じりの笑みが自然とこぼれる。だが、、、、、
どこにカメラが仕込んであるか分かったものでない。人気俳優である以上、無様な格好は見せられない。
 
しかし、あのうたた寝の短時間でよくもこんな場所まで連れてこれたものだと失笑した。
時計はしていなかったが寝ていたのは多くても数時間だろう。いや、頭の痛いところを見ると半日ほど寝てたのかもしれない。
収録が順調に進んでることをいいことに、マネージャーや監督がひと芝居うったのか。
 
だが、いくら高速を飛ばしても都内にあるスタジオからはせいぜい群馬か山梨、そのあたりの近県に限られる。
 
ドッキリと分かってしまえば、もはやドッキリではない。義郎の内から芽生えた不安が除々に終息していった。
 
不意に林の方から大きな羽音を出した昆虫が飛んできて身を引いた。トンボの一種だろうか。オニヤンマとも違う。
しかし、その、とてつもない大きさは田舎生まれの義郎でさえ見たこともない種類だった。
 
立ち上がり、頬を撫でていく風は都会のそれとは明らかに違って不思議なほど透明感がある。
 
次第に覚醒していく頭で義郎は反対側に視線を戻した。
 
山から伸びた小道に沿うように、ちょうど3メートル幅の小川が澄んだ清流を運んでいる。
不思議なことに小川自体に手を加えた様子はなく、山から下りてきた水流が自然に、この小川の形成をしたように見える。   
近づくごとに心地いいせせらぎが聞こえてきたが、小川の向こう側に目をやった瞬間、義郎は唖然とした。
 
人家らしきものがない地平線は、果てしなくほぼ田園で埋め尽くされ、降り注ぐような青空を反射している。
しかもその田園はどこかいびつで、義郎の記憶にあるような区画分けはなされていなかった。
 
普通であればこの小川もなにかしらコンクリートのようなもので補強され各農水道に配水されている気がする。
車や電車の音もしない。看板の類いも一切ない。送電線や鉄塔のようなものを遠くの山々に探してみたがそれも見当たらなかった。
 
はたして今の日本に、まだこのような田舎が存在しうるのだろうか。
 
生活音がないに等しい。自然の風景というよりは、自然のあるがまま、という感じだった。
よく見ると稲作の手法もまばらで、機械的な規律性がない。してみると今はやりの有機栽培かなにかなのだろう。
 
あぜ道の上、タイヤの跡らしきものを探したがこれも皆無で、大型の動物のようなひずめがわずかに残っているだけだった。
バカバカしい、、、、、、、、よくもこんな手の込んだ仕込みをしておくものだ、、、、、、
 
しかし歩いていくに従って不安が大きくなっていく。被写体である自分になんの接触もしてこないドッキリなどあるだろうか、、
いや、放置して、今、このような焦燥に駆られている自分を映すことが目的なのかもしれない、、、、、
 
だが、住所も分からない土地で当てずっぽうに歩いてみてもさほど意味はなさそうだった。電柱のひとつでもあれば表記されてる
はずだが、この手の込みようから察するにそれらも外してあるに違いない、、、、
そもそも陽も傾きかけ、いくらなんでもイタズラにしては度が過ぎている、、、、、、、、、、いいかげんにしてくれ、、、、、
 
あれこれ考えあぐねながら道沿いに歩いていくとようやく人工的なものが目に映った。
ずっと以前から放置されたような小さな地蔵がポツンと道脇に鎮座している。
赤いよだれかけのようなものがかけられ、いつ置いたのか定かでないおはぎの周りを大きいハエが数匹周回している。
 
その地蔵に気を取られていたのか前方から人が来るのに気付かなかった。
50メートル程先、ここからでも女性であることは分かったが着ているものが判然としない。助かった。
 
おおかた変装した番組のスタッフがドッキリでーす!とか言いながらプラカードでも上げるのだろう。
 
しかし、近づいてくるにつれ全く見知らぬ女だと気づく。そしてなにより着ている衣服が異様だった。
粗末な木綿で作られた濃紺の着物をまとい、頭には手ぬぐいを巻いている。脇には大きめの笠を持ち自分の背丈ほどの荷物を
竹で作ったであろう籠と共に背負っている。驚いたことに足もとは草履だった。
間近で見ると化粧の類いはなにもしていないことがハッキリと見てとれた。化粧どころか所々に泥を付着させ薄汚れた印象の方が
強い。
 
それにしてもリアルすぎる。衣装部に農民や町民、その他、時代劇に合わせた着物は多数あるがここまで再現されたものは
あっただろうか。なにより女の立ち振る舞いが自然だ。この風景にぴったりマッチしている。
 
通りすがる時、女は一瞬自分の方を見たが関わりたくないのか歩行速度を上げていく。このチャンスを逃しては、、、
 
「あ、、、、あのぅ、、、、、、ちょっとお尋ねしたいんですが」
 
女は歩を止めたが、その言葉を初めて聞くように緊張した面持ちで自分を見返している。
着ているものから年齢は判然としないが20代後半か30代前半だろう。今日はどこかで祭りでもあるのだろうか。
 
ふと、義郎は女が自分を観察するような目で見つめている意味を悟った。
撮影中、ほとんど着替えることはなかったので近くのコンビニなどでも驚かれたものだ。
 
「あ、、、あ!、、この格好ですか?いや、、これはね、、、ちょうど撮影してたもんで、、、ハハ、、、ほら、、時代劇の」
 
しかし、女はまるで早口の英語を聞かされるような怪訝な表情を作ると、尚も不思議そうな視線を送ってくる。
 
このカツラが、、、、ちょんまげが悪いのか、、、、、、義郎はカツラを取ると女に笑顔を作った。
 
ヒッ!!、、突然、驚愕の顔を浮かべ短い悲鳴を発すると女は背を向け、駆けるように走っていった。
 
「い、、いや!ちょっと、、、、、ここ、、どこなんですかぁ!?、、、、、、ま、待ってください!!」
 
ぬかるんだあぜ道は走りにくいうえ、女の走るスピードが思いのほか速い。数メートル駆けると義郎は息を切らして立ち止まった。
 
「な、、、なんだってんだ、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、なんだって、、、こんな」
 
周囲が無音なためか集団で飛ぶカラスの声が耳障りだった。冗談じゃない、、、こんな所で夜を明かしてなるものか、、、、、
 
とにかく人家を見つけねば。この道沿いに行けばきっとあるはずだ。確たる証拠もなかったが今はそれを信じる他ない。
夕日が遠くの山々の色彩をダークなものに変えていく。義郎はもつれる足を速め道を急いだ。
 
どれほど歩いたのだろう。小川沿いに面した小道を歩いていくと水墨画のような風景が義郎の目に映った。
ガシャ、、、、、、ガシャ、、、、、、ひどく緩慢な動きの水車に張り付くようにわらぶきの民家らしきものがある。
 
わらぶき屋根はテレビで何度か見たことはあったが実際に目にしたのは初めてだった。
 
「す、、、すいませーん、、、、、、、、、、、、、誰かいらっしゃいますかぁ?」
 
立て付けの悪い障子戸を開けた瞬間、前に発した言葉は意味のないものだと悟った。
 
10畳ほどの土間の向こう、小あがりになった粗末な畳の中央には古びた囲炉裏しかない。
水車から得たであろう動力で石臼がなにか粉末のようなものを挽く音意外、人の気配はなかった。
壁に掛けられたミノや笠、水壺がここの住人を待ってるかのように静止している。
 
義郎の心は自分の置かれた状況を否定していたが、目に映るもの全てが不安と焦燥感を募らせていく。
時代劇のセットでもここまで徹底したものは見たことがない。
 
生活感はあるものの、およそ現代では使用しないだろう農機具。その他どう使うのか判然としない器具を見てる内いたたまれない
気持ちに満たされていく。
 
義郎は逃げるように民家から飛び出し、身の上に起こった現象を振り払うべく小道を走った。
 
おかしい、、、、、そんなはずがない、、、、、、、、、、、、俺はどうなっちまったんだ、、、、、、、、、、、
 
民家を出てすぐ、あぜ道が小高い丘にさしかかった時、突然、前方から馬のいななきが聞こえ、義郎はうろたえた。
カポ、カポという小気味いい音は、まもなく丘の上に姿を現した。
見ると馬の上に侍のいでたちをした若者が乗っている。陽が落ちかけよく見えないが思うに義郎より10は若いだろう。
 
驚いたことに髪の剃り際は一見して地肌だと分かった。広く剃った額の向こうに結ってある髪の毛が見える。
ここに至っても義郎は事実を事実のまま受け入れられない自分と葛藤を始めた。
 
なにかコスプレみたいな催しでもあるのだろうか。しかし、ここまで本格的にやるものなのか。
 
「あ、、、、す、すいません、、、、、、、、、、、、、、、ここってなんなんです!?、、、、、近くに交番かなにかあっ」
 
言いかけるより先にその男が口を開く。自分を見つめる眼が異様な光を帯びていた。
 
「なんじゃ?、、、、貴様は?、、、、馬の前に立つとは無礼じゃのぅ、、、、なんじゃ??その頭は?、、、
見たところ京の芸衆のようじゃが、、、、、、、、、、ん?、、貴様、なぜゆえ尾張の関所の方から参った?、、、」
 
「お、、、尾張?、、、、、、、、、、、な、なんです?尾張って?」
 
その侍はしばらく自分を吟味するように馬上で思考していたが、片手がゆっくりと腰に掛けた鞘に伸びていった。
 
「あやしい奴、、、、、その方、名を名のなれよっ」
 
馬の両脚が高く上がり、ヒヒーンと鳴くと侍は自分に向かい刀を抜いた。その刀は義郎が持っているような安っぽい光沢など
放っていない。明らかに鉄を加工したと思われる重厚感がある。押し寄せたのは圧倒的な恐怖感だった。
 
気付いた時には走っていた。道をそれ、うっそうと茂る林の中に全力で走っていた。
馬のいななきがすぐ後ろから聞こえてくる気がする。今にも夕日に照らされ妖しげに光った刀が自分の首をかすめていくに違いない。
 
「またれよっ!、、、、、、、、、、、、、またれぃ!!」
 
後方から自分を呼び止める声が聞こえたが、もはや命の危険にさらされたということが本能的に分かる。脚が止まらない。
足場の悪い山道に何度かつんのめりながらも義郎はがむしゃらに走った。
 
なんなんだ、、、、、、、、、、、、、、ここはっ!、、、、、、、ま、まさか、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
 
太い木の陰に隠れた義郎は馬のひずめが遠ざかるのを手を合わせ願った、、、、、、、、、、、、、、、
全身から油汗が流れ、ひきつったように手足が震えている。
 
音が遠ざかってから何分こうしてたか定かでない。だが脚がこの場から動くことを拒絶していた。意識して大きく息を吸ってみる。
義郎はあらゆる可能性を考えたあげく一つの拠り所を見つけた。
 
休憩中に入れっぱなしだったか。着物の袖。内側に入った煙草のパッケージは明らかに現代のものだ。
ライターに火を灯すと急いで紫煙を吸い込む。震える喉を煙が通過するにのに数秒かかった。
煙草とライター。この二つの現代のものが自分の精神状態をなんとか保たせている。
 
冷静に考えてみると時代を超える、タイムスリップのようなことなどあり得ない。
しかし、今、目の前で起こっている数々の現象はなんなのだろう。思い出してみる。
 
よくよく思い起こしてみると視界に入ってきたものに現代のものなど何ひとつなかったではないか。
してみるとここはどこなのだろう。すでに夕闇に閉ざされた森からはオオカミのような気味の悪い遠吠えが聞こえてくる。
 
まずドッキリではない。そして感覚的に外国でないことも分かる。言葉は違えど言ってる響きは日本特有のもので理解できた。
そしてこのカツラ、、、、、、、、、、もし被っている方がここでは自然ならそうした方がいいだろう。
 
そうだ、、、、、俺は役者だろ?、、、、、、、、俺は役者じゃないか、、、、、、、、、、、役者なんだ、、、、、、、、、、、、、、、
 
 
 
煙草の小さな火を見つめると、、、、、、、義郎の胸にかすかな希望の光が沸いてきた、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
 
 
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