駅から出たとたん、武男はいつものように熱を含んだムセかえる臭いと、キンキン
とした機械音が街を取り囲み、肌に鈍い痛みとなって突き刺さるのを感じた。
大型電器店が建ち並ぶ通りから少し路地を曲がった所に目をやると、中東系の
外人が、違法にコピーした媒体を矢継ぎ早に売ろうと淀んだ目で人の波を追っている。
赤いハッピを着た女の店員が割れるような声で客引きをし、ソレに関心を寄せた
【紙袋】を持った数人の青年が、血色のないむくんだ顔でダラリと説明を聞いている。
休日ともなれば【蟻の行列】のごとく人の大群で大通りは席巻され、目的を持った
人とそうでない人が、狭い歩道を絡まるように交錯する。
日々発展するこの国のテクノロジーを見せつけるように、仰々しいまでの広告と
看板がところ狭しと林立し、ヒットチャートのけたたましい音楽が数メートルおきに
大音響を鳴らしている。
【電化製品のありとあらゆる情報】がこの地を中心に全国、世界に発信され、その
外貨、株価はとどまることなく円滑に利潤する。
1日おきに排出される新商品は人々の記憶に定着されぬまま、ひと月後には古型と
化し、消費大国ニッポンの様相を大きく露呈していた。
だが、この街はなにも家電製品ばかり扱ってるわけではない。
昔ながらのラジオの部品から得体の知れないフィギュアに至るまで、
まるで【バラック小屋】が肩を寄せ合うように細い路地の奥まで続いており、1人1人
の思考が目的の商品を追い求め、独特の【カオス】となって息巻いている。
しかし、武男はこの街のそんな所が好きだった。いや、正確に言えば【安ら】げた。
1人で電車を乗り継ぎフラリとやってくるのには、やや距離があったが、そんな
時間を費やしても、なお余りあるほどの【魅力】がこの街にはあった。
武男が目的のその店内に1歩足を踏み入れると同時に外の世界とは隔離され、
【セリ市】のようなアナウンスが客の購買意欲をまくしたてる。
【登り専用】のエスカレーターが客を飲みこむ唸りをあげ、ソレに乗るや数十台ある
テレビ画面が否応なしに目に飛び込んでくる。
モニターの中では女性歌手のコンサートが延々と流され続け、それが見えなくなる頃
には壁に取り付けられた数台の展示用エアコンの生温かい風が首もとをなでていく。
「いらっしゃいませぇ、、、、、お客さま、、、、、、、、、、ナニかお探しでしょうか?」
ここで働く人間の大部分は、アルバイトを除き洗練されたある種の嗅覚を持っている。
顧客がナニを求め、どれほどの【買う意志】で来店したのか。
その中年の男性店員もまた、無理に作った笑みを絶やさぬまま、武男の懐具合を
見定めるように柔らかい物腰で近づいてきた。
だが、武男があいまいにかぶりをふると、先ほどまであった商人らしい笑みは急速に
消え失せ、予断を許さない狡猾な目はゆっくりとフロア全体を舐めるよう見渡し、
次の獲物を追い求めその場から去っていく。
(なんとか1本だけあった、、、やった、、、、、やったゾ、、、、、、、)
いつもはヒト気のない『アダルトゲームソフト』売場はこのビルの最上階、最も人目に
付きにくいコーナーを間じ切るよう、申し訳なさそうにポツンとあり、くたびれた
ポロシャツを着たアルバイトが散らかったレジでうたた寝をしていた。
いつもと変わらない臭気。果物を発酵させたようなすえた匂いが換気のない部屋に
充満し、彼の鼻腔に刺激となってあたる。
目的のソフトは上段にあり、そこを遮るように色の白い、ヒョロっとした男が微動だに
せず武男の行く手を阻んでいる。頭はボサボサとだらしなく、度合いの濃いメガネの
奥には神経質そうな鋭い目があり、ソフトをまんべんなく物色している。
この手の男は秋葉原一帯に、はびこるように【生息】し、ときには集団となって活動する。
どれがどこにありいくらで売買されているのか。
店員でも分からないような闇の情報も彼等にかかれば逐一、その所在は知れる
こととなり、それが彼等の生活の基盤であり、エネルギーでもあった。
(ま、、、まさか、、おいっ、、ソレは取るなよ、、、、、手にするなよ、、、、あ。)
武男の思いが通じたように、その男はソフトを手にすると自分の払うべき対価との
釣り合いがとれるかどうか、考えるように裏面を眺め自問自答を開始した。
(た、、たのむ、、、棚にもどしてくれ、、、ゆっくりと、あった場所に戻してくれ、、、)
今日はソレを買いにわざわざ成増から出てきたのだ。
ここ、秋葉原は日本中を血眼になって探し求めても手に入らないような
【レアアイテム】が日の目を見るのを待つかのように片隅に鎮座している。
いつ来てもあるか、と言うとそうでもない。その日その時間でしかお目にかかれない
代物も多数存在する。
まして知る人しか知らないこういう【穴場】は限られていて、今ここでソレをゲット
しなければ自分には一生巡ってこないような、怒りにも似た感覚を彼は全身で
感じとっていた。
たった1本のアダルトゲームを巡る熾烈な男達の挽歌。
だが、その男はさほど興味がなかったのか、ソレを乱暴に元の棚に戻すと、ニキビ
だらけの顔をポリポリとかく。
(クッ、、投げんじゃねーよ!、、俺が買うんだよっ、、とっとと消えてくれ、、、、)
男は一瞬、背後に居る武男をチラリと見ると目的のものがココには無かったと見え、
蛇のように体をくねらせ階下に向かって行った。
目的のモノを手にした武男は、他の商品に脇目もふれずレジへと急いだ。
包装されたソフトを手にした瞬間、朝早く飛び出してきた家が急に恋しいものになり
一刻も早く帰路に着きたい衝動に駆られてくる。
(はやく、、、、はやくプレイするぞ、、、、どけどけっ、、、、ジャマ!)
ビルを出ると、来た時と変わらぬ人の波が駅の方から押し寄せては方々に散って
いく。それをかき分けるように武男は歩道を越え、最短距離に進路をとった。
「ね、、、ちょっと、、待ちなさいよ、、、、」
後ろから聞こえたその声と同時に、片方の手首がおもむろに握られる。
どうせ意味不明なキャッチセールスか新手の新興宗教だと思った武男は
苛立った表情を作ると、女達を見返した。
「いや、いいです、、、、急いでるから、、、、、」
「そ、、そ、、、この人だよ、、、、買ってったの、、、、」
4、5人の女の格好は、ここ秋葉原にふさわしくなく、夜の【六本木】を
連想させるものだった。
「ね?、、、アンタさっきゲームソフト買ってったわよね、、、、?、、ソレ、、
ちょっと見せてくれない?、、、いいから、、、、ホラ」
その言葉を聞いた直後、訳のわからない恥ずかしさと戸惑いが、今まで威勢の
いいと思われた自分の心に小さなヒビとなって現れた。
「な、、、なんでアナタ達に見せないといけないんですか!?」
包装されたソフトの表紙は、こと相手が男性でも見せるのはタメらわれた。
とても複数の女性、しかもこんなキレイな人に見せられたモノではない。
「どうせエロゲームなんでしょ?、、、分かってるんだからさぁ、、、」
人々が行き交う雑踏のなか、どう見ても釣り合いのとれないイビツな空間が
浮き彫りになってくる。
その少し異質なグループを【秋葉原の住人達】が見過ごすはずもなく、珍しいもの
でも見るように、ある者は距離を置き、ある者はなにかのプレゼンと思ったらしく
何十人もの目がネッタリと見つめていた。
その時、1人の女の子が彼の後ろにまわり、彼の手からソフトを奪い取った!!
「イェーイ、、、とりぃ!、、、、なになに、、、『逆レイプ!童貞君の棒イジメ』だって、、
ウワァ、、、さいあくぅ、、、なにコレ、、、、、みなさぁぁん!!聞いてくださぁぁぁい!
この人こんなの買っちゃってまぁぁす!!、、、ぎゃくレイプゥ!
どうていクンのボウいじめぇぇ!!、、、、ホラァ!、、こんなのですよぉぉ!、、」
ソフトを頭上高く掲げ、その女はよく通る声で道行く人や明らかにオタクらしい
男の群に高らかに叫んだ。
(アワワワ、、、、、アワワワワワ、、、、アワワワワワワワワワ、、、、)
恥ずかしい、というたぐいのものではない。
自分の奥の奥に厳重にしまわれた秘密のパンドラが、いきなりこじ開けられた感覚。
一種の【過呼吸】が不意に襲いかかり、どうすることもできない。
体中の血が沸騰したように顔面に集まってくるのが分かり、秋葉原じゅうの目が
自分を見つめてるような錯覚に捕らわれた。
「か、、かえ、、、返して、、、かえしてくだ、、、かえ、、、かえっして、」
呂律のまわらない口調より先に体が動いたが、彼女達は【パスまわし】をするように
5人の手をソフトが行き交う。
地面に落とし通行人に拾われるが、それが計ったように【美女】で、彼女はソレを目に
すると恥ずかしさと嫌悪に満ちた顔で武男を見やる。
「あ、、スイマセ〜ン、、、こんなの買ってるんですよ、、この人、、あり得ないですよね、
ビデオとかならまだしも、、、、ゲームって!、、、見てくださいよ、、この絵」
「、、、、、、、、、、、、」
ナニも喋りたくないワ、、、という表情で一度、キッとした醜い者でも見るような目つきで
自分を睨むとソノ女は足早に去っていった。
もぅいい、、、ダメだ、、、逃げよう、、、脳裏をかすめる考え。
だが、このソフトは希少価値があり、なにがなんでも手にいれたい、、、、、、、
「コレ返して欲しかったらさァ、、、チョットあたし達に付き合ってよね、、、」
自分のそんな考えが伝わったのか、1人の女が言ってきた、、、、、、、
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