プロジェクトB 
(3)

                        作:テンちゃん  
   

 粘りつくような汗が一筋、古書を持った私の首を伝っていく。動悸にも似た胸の鼓動が早鐘を打ち、全身の毛穴という毛穴が総毛立ってるのがわかると、息苦しさを感じた私は瞳を閉じ一度大きく深呼吸をしてみた。
目を閉じるとその研究所で行われた所業が網膜に焼きつくように蘇る気がし、すぐに見開く。
古書を持つ手がワナワナと震えるのと同時に胃の奥からこみ上げる吐き気に、また脂汗が額を滲ませた。
 
読まなくては、、、、、、、、読み終えねば、、、、、、
 
使命、いや執念ともいうべき私の意思とは裏腹に、心の奥底、本能と呼応するように心のどこかでブレーキがかかる。
 
やめておけ、、、、やめるんだ、、、、、それは手離すべきだ、、、、、それ以上読んではいけない、、、、
 
好奇心と良心、警戒心と罪悪感がそれぞれ主張しあい私の脳裏を影のように去来していく。
 
この部屋を包みこんだ、まがまがしいまでの淀んだ空気。それはひとえにこの古書から発っせられてる気がし、部屋の壁に投げ捨てたくなるのを必死に堪える。
真夏の季節、この部屋だけ霊気が取り囲んだように冷えきり吐く息も白い。部屋全体がオブラートに包まれたように色彩がなく耳鳴りのような異音が断続的に鳴り響く。
 
両手に持ったサビ色の古書が2重に見え、片頭痛がコメカミに走ると私は鼻の上を強くつまんでみた。
アルコール中毒患者のように震える手は、思いのページすら開かれず、私はなんとか次のページをめくった。
 
 
 
                4月17日 pm9:07   実験開始予定時刻 
 
いよいよだ。いよいよ私の研究成果が実を結ぶ時がきたのだ。本当に女性は男性と違い欲望に対して直線的ではないのか。
この一点。この一点を解明するだけの為に多くの私財と時間を投げ打ってきたのだ。
小峰君がしきりにブースター2からGOサインを出している。
 
彼女達の部屋、30畳足らずの部屋はもはや立ち入れば卒倒するほどのフェロモンに渦巻いてるようだ。
カメラに映し出される自慰行為に喘ぐ様子は、この所の男性職員をも翻弄し、先日、小峰君も止まらぬ鼻血に慌てていたようだ。
すでに正視できないほどのさんさんたる姿は、女性のなれの果てを見てるようで忍びない。いや、私は科学者だ。
未知のものを解明すべき立場なのだ。迷うことなど何もないのだ。
アルギン酸、モリブトペン、エストロゲンの値を示すグラフが大きくはみ出し、彼女達は興奮のルツボにあるといっていいだろう。
人体が危険であることを知らせるアラーム音が夕べから鳴ってはいるが、私は彼女達が居る部屋に流れる卑猥な映像を遮断したりはしなかった。より鮮烈、過激な映像を脳内に植え付けることで今の彼女達にはセックスのことしかないはずだ。
 
さあ、教えておくれ、なぜ私をふったのか、、その答えを、、、、、、私は君のことを、、、、、、許しはしない、、、、
 
私は襲いくる頭痛のなか、この研究者の憎悪が漆黒の闇よりも深い悲しみに包まれてると再び思いを馳せる。
目の焦点が定まらない。活字と活字が割れて見え濁った残像となって中空に留まる。着ているTシャツは生温かい汗で覆われ体温だけが上昇していく。オコリがかかったように懸命に呼吸してみるが空気が肺に届いている実感がなかった。
 
一瞬、背後で人の気配を感じるが振り向くと誰もいない。
恐怖感と猜疑心だけが増強し、寒風吹きすさむツンドラ地帯に放りだされたようにわななく体。地球上には自分しかいないのでは、という圧倒的な孤独感が押し寄せる。
 
突然、さきほど電源を切ったはずのオーディオが再生モードに切り変わる。コンセントの先を見るが、途中で視線が凍りついた。
 
抜かれて、、、、、抜かれている、、、、、、なんだ、、、、、、、、、、、、、なんだってんだ!
 
ガッ、、ピィィ、、「、、、、、、おと、、、、、、、、、、、、、、、、、こ、、、、、、、お、、、と、、、、こ、、、が、、、、、ほし、、、、い、」
 
「ほぉ、、、、、しいい、、、、、、、、、、はや、、、、、く、、、、、、、は、、、、や、、、、、、、く、、つぎの、、、ぺぇ、、じ」、、ガ、、ピィィ
 
つぶやくような複数の女性の声、ガラスを掻くような不快な音を聞いた直後、全身が金縛りにあったように硬直した。
部屋の電気がモールス信号のように明滅し鈍い音をたてて消えていく。
締め切ったはずの窓から冷気を伴った強い風が吹き、カーテンが踊り狂うように乱舞した。
雷鳴が雲を裂き、激しい嵐は部屋全体を駆け巡る。
 
うそだ、、、、うそだ、、、、、、、、、、消えろ、、、、、、うそだ、、、、、、
 
私は念仏を唱えるように神経を集中させる。しかし、目の前の古書のページが強い風にあおられ、バラバラと意思を持ったようにめくりあがった。雷光の一閃が古書に宿る恨み文字を浮き立たせる。
 
 
                        4月17日   pm10:33   実験開始
 
 
 
この実験を始める前に書いておかねばなるまい。死ぬ用意はしてある。死ぬ用意はしてあるのだ。
この緑色の錠剤を奥歯で噛んだら全ては終わるだろう。科学者の一人として立ち入ってはいけない領域に立ち入った私のケジメのつけ方だ。小峰君はもちろん、他のスタッフも同様、この実験が終わり次第、命を絶ってゆく。
これを読んでる者がいたらどうか分かってほしい。どうか許してほしい。どうか笑わないでほしい。なにも悲観することなどないのだ。
死、とは決して無ではない。まして有でもない。しかし、生きていることが絶対有ではないのだ。こうして長く生きてるとそのことが分かってくる。私のように無の人間もいるのだから、、、、、
 
小峰君などはここに来た頃、優秀なのだが自ら命を絶ちたい自殺願望者であった。
私の研究を打ち明けると、彼は率直に賛同してくれた。若い命が数十名絶たれるのは惜しいことだがこれもまた一つの人生なのだろう。むろん、昨日来所したサンプルの若者にはこのことは伏せてある。
この実験結果がどうであれ永久に表に出ることはないだろう。、、、、、、、、では、実験を開始する。
 
この光景を例えるなら凄まじいの一言に尽きるだろう。
 
猛獣のようになった女性達は鼻腔をひくつかせ、その目は血走るようだ。部屋の隅から隅を亡霊のようにさまよい歩いてる女性。
なにかに耐えきれないのだろう。両耳を塞ぎ奇声を張りあげる女性。理性を失ったのか、一人の女性を複数で押さえ込み性的な暴力にはしってる者もいる。
赤いランプが緑に変わると厚いゲージがゆっくり開かれ、いよいよ半裸の男性が投入されていく。
 
刹那、予見していたことと違うことが起こる。
当初、投入された男性は見るまに女性達に取り囲まれ、肉欲した渇望の餌食になるだろうと思っていた。
しかし、実際は違っていた。研究者であるはずの私の予見など甘すぎたのだ。
 
男性が部屋に入るや、女性達はまるで違う生物を見るように遠巻きに見据え敵対心をあらわにする。
自分達に少しでも害をなそうとする者を警戒する動物学的には当然の行動だった。
これは、同グループに属さない個体を排除しようとするライオンなどと行動が似ている。
 
やがて一人の女性が怖々と男性の近くに来たかと思うと、霊長類、特に猿などがするように、一瞬、男性の体に触れ脱兎のごとく後ずさる。自分の指に付いた体臭を隠れるように嗅ぎ、他の仲間と目配せさせる。
一人が触れるとまた一人、そしてまた一人、と逃げ腰のままタッチし素早く後方に後ずさる。
 
「、、、、お、、、と、、、、、、、、こ、、、、、、??、、、、、、、、、、お、、、、、と、、、、、、こ、、、、、、、な、、、の?」
 
「おオオ、、、、、、、とオオォ、、、、、、、こォォォ、、、、、、おおおおォ、、、、、とオオおおおおおおぅううううこおおおおお!!」
 
すでに女性だけのハーレムと化したこの部屋に「男性」という概念はないのだろう。
現在、私のいるコントロールルーム、配線が幾重にも伸びた機器につながり、おのおのの個体を観察したアラームがまた一つ、また一つと異常なほど、けたたましく鳴り響いていく。
それをモニターしていたのか小峰君の慌てたような声がブースター2から聞こえてきた。
 
「は、、、、博士っ!、、すべての値が危険値を上まってるようです!、、、、こ、、このままでは、、、、大変なことに、、、!!」
 
そんなことは承知していた。女性達のバイタルを示す針が大きくふれ、脈拍、血圧などが一様に上がっているのが分かる。
それが男性サンプルにも伝染したのか男性ホルモン、テストステロンが通常の2倍ほどに跳ね上がりここからでも完全に勃起してるのが確認できた。
 
「慌てるな!小峰君!、、、もう少し様子をモニターするんだ!、、、、この実験は歴史に残る資料になるかもしれんぞ!」
 
女性達の異変にようやく気付いたのだろう。そのサンプルの青年は防音を施したガラスに向かい、なにか大声で叫んでいる。
部屋から溢れる熱気と青年の出す吐息がガラスを曇らせ、すりガラスのように変化していく。
背後からくる女性達との距離がグングン迫ってくると、青年はガラスを拳で何度も、何度も叩きだした。
おそらく出してくれ、という意思表示なのだろう。
 
次の瞬間、青年の背後に幾重にも伸びた手が見えたと思うとまたたく間に女性達の輪の中に消えていった。当然、人体が消滅することなどあり得ない。だが、私にはそう見えたのだ。この場合、吸収された、と表現するのが妥当なのだろう。
 
部屋の中、人間の出す体温、それはすなわち、歓喜と悶絶がガラスを完全に曇らせる。時折、絡まったような女性の足や腕がガラスをなぞっていくが依然としてこちらから覗い知ることが出来ないでいた。
その光景を愕然と見ていた私の耳、両側のイヤフォンが小峰君の叫びに包まれる。
 
「ああぁ!!、、、、、、ああぁ!!、、は、、、博士っ!、、、、サ、、サンプルの、、、、サンプルのバイタルがぁ!!、、」
 
「な、、何回だ!?、、、そちらでモニターできんのか!!、、、何回、性交をかわした!?、、、聞こえるか!?小峰君!!」
 
「さ、、、三回、、いや、今、別の女性が上に乗ったようです!!、、こちらからも曇ってて確認できません!!、、、」
 
「お、、、落ち着きたまえ!!、、、、い、、今こちらで、、、、、、、」
 
「あぁ、、、あの男性が、、、、ひ、、ひどい、、、、、ひどすぎる、、、、、逆レイプなんてものじゃありません、、、、」
 
「どうなってる!?状況はどうなってるんだね!?、、、、、、、は、早くこちらに画像を、、、、、」
 
「あぁ、、、、上に乗って、、、すごい、、、、もう無理だ、、、誰か彼を助けてやってくれ!!、、また変わりました、、、顔にも乗、、、、、なにって、女性がですよ!!、、、顔や腕、、、足まで女だらけのようです、、、、、あぁ、、、、やめろ、、、、やめろよ、、、もう9回目だぞ!!、、、、、、いくらなんでも、、、、、これじゃ、、、、、、サンプル男性の脈拍が弱いです、、、、弱まってます!」
 
「いいかね!、、、、、、ギリギリまで持ちこたえさせるんだ!、、、、、やはり女性の方から、、、、、私の研究は間違ってなど、、」
 
「ああ!、、、ひ、ひどい、、、あんまりだ!、、、これではサンプルが危険です!!、、、イっては起たされ、イっては起たされ、、、ひとつのペニスを奪い合って大変なことに、、、、、女性達も我さきにと、非常に興奮しています!!、、、なんてことだ、、、」
 
「ここからは彼女達が出す熱気でガラスが曇ってなにも見えん!!、、、、どうにかならんのか!!小峰君!!」
 
「へ、、、部屋中の警告音が鳴っています!!、、、は、、博士っ!これ以上は危険です!!、、、、あぁ、、、なんてことだ、、、、いまサンプルのバイタルが動きを停止しました、、、、なんてことだ、なんてことだ、、、、、、、至急、救急班をっ!!」
 
その時、この研究所が設立されて以来、聞いたことの、いや、できれば聞きたくない女性の機械的な音声が流れてきた。
そのセリフは、この惨事にひどく淡々とし、しかし、なにかを告げる、という明瞭のある声で英訳と交互にスピーカーから漏れてくる。
 
{レベルE発生、、、レベルE発生、、、現在、当施設、又はラボに残っている全ての研究者、及びそれらに付随する者はただちに待避してください、、、、}
 
「は、、博士っ!!、、、Gブロックのゲートが勝手に!!、、あの、、あの部屋だ!!、、、ま、、、まずいです!!彼女達がっ!!」
 
繰り返し流れる、避難を告げるアナウンスと赤色灯が電源の落ちたモニタールームにこだました。
 
「、、、、、小峰君、、、、、、、きみは避難できるのか?、、、、、、できるならしたまえ、、、、私はここに残る、、、、」
 
小峰君の顔がモニターに映っているのだが、そのすぐ後ろの廊下に女性達の影が見えた。
 
「あぁ、、、、、小峰君!!、、、、う、、、後ろだ!、、、、、きみの後ろに、、、、、、、」
 
「こ、、、、、、こぉ、、、、、、、ここォにも居るじゃなぁい、、、、、、、おおォ、、、、、、とオオ、、、、、こォォ」
 
「は、、、博士!、、、、、、、、うわあああああああ!!!、、、や、、やめろおおッ!!!!!、、、ヤメ、、、、、、!!!」
 
「小峰君!!、、、、、小峰君!?、、、、、、、どうした!!?、、、、」 「、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、」
 
凄まじいノイズが映像をかき乱していくと音声が途絶えた。どうなっているかはこの本を読んでる者にも分かるだろう。
どうやら私の命もあと少しらしい。なにも悔いなどない。悔いなどないのだ。
この研究書を読んでる者よ。私が育てあげた最高の、、、、、、、、、、、
 
古書の最後が吹きすさぶ嵐で読みきれない。竜巻のような神風が私の手から古書をもぎ取っていく。
部屋の窓、外に吸い込まれるように古書が舞っていく。
 
いったい、、、、、、あの古書は、、、、、、、、、私になにを伝えたかったのか、、、、、、それは今もって謎である。
 
 
                                完

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