「ささ、そこの者、そう固くならずともよい。此度の戦、まことに大儀であった。のちのち殿からもお達しが来ようがのぅ。では早速じゃが褒状を読んでつかわそう。一、家禄一千の増。一、銀五百貫。一、金三百両。一、・・・・・・」
皇后しいまでの金箔に色取られた間。ここにまかり通される者はそう多くはない。行き届いた庭からは松と梅の古木から溢れ出す初春の匂いがウグイスのさえずりと共に優しげに流れてくる。
老中が読み上げる清楚な声からは4日間にわたる凄惨な戦場は悪夢のように感じられ幻であったとさえ思えてくる。この世のものと思えない血生臭い屍が累々と山となり、放たれた矢の数々は地表に突き刺さりそれは地獄絵図の針山を連想させた。
そこここで腕を無くした者、足を無くした者、眼球に矢が刺さった者、甲冑を貫き贓物を出した者が阿鼻叫喚、叫び声泣き声が渦となりいまだ文之門の頭蓋に響いてくるようだった。
戦国のならいとはいえ心ざし半ばにして散っていった多くの雑兵のことを思い、計らずも自分の成し遂げた偉業に目頭が熱くなる。
「ははっ、恐れながらこの愚才、大老殿みずからにこのような褒美を授かることとは夢のまた夢にございまする。持って余りある褒美、この文之門、末代までの誇りなれば、かような恩賞の数々、身に余る極みでございまする。ははぁっ。」
村井家に仕えてはや九年。武家屋敷に帰れば多くの者を従える一国一城の主である。多くの褒美はそれだけ多くの家中を養えることを意味し、はかなくも骸となった部下、ひいてはその家族にも不自由なく暮らしていけるだけの恩賞だった。
「よいよい。殿もことのほか上機嫌であらせられるゆえ。のぅ、文之門よ。そなたも我が軍の重鎮たる者じゃ。これからも一層教義に尽くし臣、民のため精進なされよ。しからば用向きはこれまでじゃ。はよぅその書状をしまうがよい。羨ましゅうなるでのぅ。ホッホッホッ」
鏡面を思わせる池の水面にはときおり色鮮やかな鯉の影が見え、桜の花びらが舞い落ちるたび美しい波紋が小さく広がっていった。出雲の国で取れたであろう形のよい竹のシシオドシから響きわたるような音が聞こえてくると、それが合図であったかのように老中は腰を上げた。深々と頭を下げた文之門はその影が見えなくなるまで頑なに叩頭し続けた・・・・・・・・・・
【義には義を以って報いてこそ一国の主。義には義を以って殉ずるが臣】
殿のためならばこの命惜しくはござらん。何度そう思い戦地に赴いたことだろう。軍師、忠野浅道様から教えられしその言葉が胸に蘇る。禄高八千を越える武家は父君の功績も並々ならぬものがあったが由緒正しき家柄ゆえのことであり、ことのほか人の道、というものに重きを置いてきた結果に他ならない。
家督相続において年齢は関係ない。今年二十を数える文之門は父を亡くしてから文字通りこの屋敷の主である。
重厚な石壁に沿い、馬の出す蹄の音が城下町に乾いた音響となって染みていく。背中越しには二の丸、三の丸が月を覆い隠すように毅然としてそびえ、その遠方、金の鯱がひときわ大きく本丸が霞んで見えた。
橋のたもとまで来ると柳が風に吹かれ、どこか遠くで番屋の吹く笛が聞こえてくる。それはこの城下町の治安が保たれている証でもあった。雲ひとつない夜空に明星の灯りが寂しげに揺らめき、やえもすれば押しつぶされそうな胸中に文之門は戦乱の世のならいを反芻した。一旦ことが始まれば身内である妹さえ敵方の嫁に出さなければならない。
多くの者はそのまま城に留まり敵将と共に命運を共にする。此度の戦で文之門の妹、加代もその内の一人になってしまった。
だが、それもこれも激動の世にあってはお家を護るため。御殿に仕え、お家を、血筋を護る。それが全てだった。
樫の木に飾り彫りをされた門に二人の番兵が微動だにせず立っている。もとは父上の部下だった者達だ。歳も父上と大差ない。
武家屋敷を囲むように仕える者達の長屋が並び、泊まり込みをする者以外はそこに帰るのがならいだった。
「ただいま主、文之門様お帰りになられました」 「文之門様お帰りになられたぞ、門をあけぃ」
自分の背丈ほどある槍に黒い甲冑を着た門番達はそう言うと、文之門の乗る馬の手綱を左右に分かれて持った。
父上といくばくも歳など違わぬ門番は自分が幼き頃、よく遊んで貰ったものだ。そこに父の面影を垣間見るのは気のせいではない。
ゆうげの支度をしてたのだろう。すかさず黄色い着物にけさ帯を巻いた三人ほどの若い女中が走り寄ってくると揃って土下座をする。
「ほんにお疲れ様でございました。ささ、ゆうげの方も整いました。それともお風呂の方、さきに召しますでしょうか」
下女とは一線を画する女中頭がこぼれるような笑みを称え二人の門番と馬に乗った主を先導していく。
「うむ、、、、、、、、これ、その者達も疲れたであろう。今宵は共に飯でも食うていかぬか。久かたぶりに父上の話しなど聞きたい」
一介の兵、それも門番が武家屋敷の主と共にゆうげを取るのは珍しいことであった。五十を数える武芸に秀でた忠臣を抱える近野家は先代の殿から第二軍を任されるほどであった。
見ると二人とも、夜の冷え込みにしては粗末な履き物を掃いている。
二人の大柄な門番は、意外な文之門の申し出にしばらく顔を見合わせていたが、堅い表情がゆっくりと緩んでいく。
「か、、かような、、、かような申し出、、まるで父君を思わせるようじゃ、、されど我らは一介の兵、主と共にゆうげなんぞ恐れおおく」
「よいよい。主とは有能な近衛がいてこそ主。なにも遠慮することなどない。ここは我が邸であり同時におぬし等の邸。そう思わぬか」
「あ、、、ありがたき幸せ、、文之門様の父君が亡くなりしも我が身はこの屋敷に捧げると誓いし、さりとて、、かような計らい、、、」
貧しき人々にも分け隔てなく接する父君の陰影がかすめたのだろう。二人の門番は無精に伸ばした髭を下に声を詰まらせた。
「これ、、、その者達に新しい履き物を与えてほしいのだが、、、、、、蔵に備えがあるはずじゃ」 「は、はい只今」
女中頭に命を受けた若い女中が屋敷の奥の方に駆けていく。
乗ってきた馬の背を一度大きく撫でると文之門は石畳の上をさっそうと歩きだした・・・・・・・・・・・・
異変に気づいたのは酒宴のあと、しばらく経ってからだった。酒を飲むのは初めてではなかったが数歩も歩けばフラつく足取りは下用を足すため渡り廊下を歩く文之門に目眩となって襲ってくる。
足元から急激に得体の知れない物にすくわれるような感覚。父の顔が一瞬かいま見えたがすぐに厚い闇に覆われていった・・・・
「ねぇ、、ねぇってばぁ!、、、、なにこの人、、、なんかのコスプレかナァ?、、、あはははは、、、映画の見すぎだよぉ!」
目を開けた文之門は同時に開けた口もそのままだった。
な、なんだ、、、ここは。武学院の書物でさえこのような場所は記されてない。
初めに思ったのは黄泉の国。そう自分はさきの戦において討ち死にしたのだ。御殿のために命をまっとうできたならばそれは本望。
歳は若くても武家に生まれた者の定め。お家のため命を賭して闘い、いつ朽ち果てようともいささかの悔いはない。
そのぐらいの覚悟はある。しかし、、彼の地がよもや、かような、きらびやかな所だとは・・・・
しかし、すぐにある疑念が文之門を襲ってくる。今朝方、城に馳せ参じ確かに褒美の書状を頂戴したのだ。
殿との謁見までは叶わなかったが、のちにお褒めの沙汰が下るであろう、と老中殿は確かに言った。
突然、鉄の塊が牛のような唸りをあげ脇をかすめていく。見るとその中には人が乗っており馬の数倍ほど、いや、矢のごとく走っているではないか。
「ちょ、、、ちょっと、、、アブナイよー!、、ひかれちゃうでしょ!赤なんだからさぁ、、、、、、、、」
「な、、な、なにゆえ、、、このような、、、、、、、、、、、、、、、、、こ、、こ、、、ここは異国の地であるか、、その者答えよ!答えよっ!」
由緒ある武家の一子らしく毅然な態度でものを聞こうとしたが、わななく体は抑えていても震えが走っていく。
聞けば今、江戸は鎖国体制にあるという。黒船の襲来時の絵巻き通り自分を見るおなごの髪は金に染まっている。まして肌を出したふしだらな着物のなんとも不埒なこと。かような格好で城下をかっ歩すればどのようなことになるか。
「ハァ〜?、、、イコクノチィ?、、、なに言ってんのお兄さん、、、ちょっとさぁ、、美香ぁ、、この人おかしいよね、、ゼッタイ」
聞いてる言語そのものはコノヒト、ミカ、オカシイ、など要所要所は教義では習わずも理解できるというものだ。すると、ここは自国。
いや、そんなはずはない。かような物の見は我が国にはなかったはずだ。
しかもこのおなご達・・・・どこの町民かは知らぬが武士を前にすれば礼があって当然のこと。自分と同じ目線に立って物を述べるとは至極無礼なことこのうえない。斬ってくれようか。おなごを斬るのは難儀なことなれど、かようなそしりを受け黙っているは武士の恥。
「ええい、、、その者達!頭が高いであろうっ!!、、われをなんと心得る!、、村井家旗本を仕えし六代目、、近野文之門と知っての狼藉か!、、、、おなごといえども容赦はせぬぞ、、、、!!」
「なにぃ?、、なんかの芝居だよきっとぉ。こわいこわい〜、、、、ホラ、髪もちょんまげだしさぁ、、、ハハハ」
この者達・・・・死を前にして笑っている・・・・・なぜ土下座せんのじゃ・・・・・・・このような者を斬ればゆくゆくは当家末代までの恥。
どうしてくれよう。この者達の方が肝が座っておるというのか・・・・くっ、、、なんという愚の骨頂。
文之門は片足を出し、今、刀を抜けば一刀両断のもと若い女二名を袈裟斬りにできる体勢からすんでのところで踏み留まった。
戦の場において一瞬の気の迷いはそのまま命取りになる。刀の柄が緊張の汗でべたつき抜きかかった刃をゆっくりと鞘に納めた。
よくよく見れば自分の側を通る男共はなにやら皆おなじ格好をしている。色自体は着物といえなくもないが。
その異様な風体は紺の着物に白の薄着をまとい、首からはやはりいずれかの所属を思わせる御印をぶらさげている。紺・・・・・・
浅野家か・・・・・・飯田藩も確か濃紺の御旗印・・・・・着物の襟のあたりに家紋のようなものを付けてる者もいる・・・・・
「つうかさ、、、、マジ江戸時代あたりの人なわけ?、、、、、なんか結構カッコイイよねぇ、、、、惚れたかも、、、あははは、、、、そんなスーツ珍しいかなァ、、、、そんな見ちゃダメだって、怒られるよ、、、なんか、まじかも、、、マジ遠いとこから来たみたいなぁ」
「え〜、、あたしも思ってたんだぁ、なんかリアルってゆーかさぁ、、名前からしてブンエモンだよ、、、ちょっとチャニーズ系だしぃ」
彼女達にしてしてみればこの世に起こる全てのことにおいて柔軟に物事を考えられた。
なにも自分達が向こうの時代に行った訳じゃあない。違う時代からの来訪者・・・・・ま、そんなこともあるだろう。
いつ、なにが起きても不思議でない世の中。だって幽霊だってカメラに写るじゃん。訳のわかんない宗教に騙されるじゃん。火星にだってそのうち行けるでしょ。400年前位の人、面白そうじゃん。面白いか面白くないか。全ての思考はこの二つに絞られた。
「ここさぁ、、、東京だよ、、、とうきょう!、、、、、、、シブヤぁ!、、、、、、、、、、昔は江戸って言ってね、、、、ね、、、聞いてる?」
女達の話しが聞こえたと同時に文之門は氷固まった。
こ、、ここが江戸、、、、ここがあの江戸だったと、、、、文之門はちょうど一年前、殿が参勤交代に赴く際、従者として同行し、三日三晩死する思いで通った箱根山、そして東海道を思い出した。
しかも話しを聞いておればここがあの悪名高い追い剥ぎ坂、渋谷坂だと!そんなはずはあるまい。犬猫のたぐいなれば通るやもしれぬが、ここがあの、物の怪が出る、と噂の街道であるはずがない。それにしてもなんたることか。
「た、、たわけたことを申すな!、、、、ええいっ!、、、なにを髪をなでつけておる、、、よ、よせ!、、触るでないっ!!」
「ほんとだも〜ん!しょーがないじゃ〜ん!、、いま気づいたけどさ、昔の人って背ちっこいんだね、、、カ・ワ・イ・イ、この髪ぃ」
「だよね〜、、、しかも二十歳っつったらウチらより歳下ジャン。あ、それテレビね、、テレビ!、、ほらもぅ止まんないの〜!」
文之門にはこのおなご等がなにを言うているのかとんと理解できなかった。
ちょんまげを触られた怒りよりも、いま目の前にある夢絵巻きにような現実に若い探求心が騒いでくる。
それにしても我が忠義を誓う御殿が御住まいになる本丸よりもはるかに高い石の塔が、そこここに目を覆うばかりにそびえ立っているとは。箱の中には人が入りなにかを楽しそうに話しておる始末。しかし、かような小さき箱に人が何人も入れるだろうか。
【甘えん坊将軍】じゃと?・・・・おおっ!・・・・・やはり我の城下があるではないか。殿は無事であらせられるか。
「はぁ〜い、、、ラブホ到着ゥ!、、、ネ、ネ、、、うちらと入ってみる?、、、ね、、入ってみよ、、、、、でもさ、カネないんだよねぇ」
二人のおなごは我を伴いこの中に入っていく様子。ん・・・カネじゃと・・・五両ほどならあるが。
「そんなん使えないって〜!え、、これマジ金ジャン!おもー!まじで金だよこれぇ!、、、あたし出す、、ここあたし出すぅ!」
どの世界でもやはり小判には興味をそそられるのであろうかの。人の世とはなんともはかなき夢のごとし。
夢だ・・・・・・・・夢を見てるに違いない・・・・・・・
一歩足を踏み入れた文之門は装飾兼備に飾られたであろう【祭りごと】の数々に目を奪われた。京の都でもかような雅はない。
桃色の一見、ちょうちんにも見えるアンドンが所狭しと乱舞している。尺八とも和太鼓ともつかぬオハヤシが戦の前に兵を鼓舞するように鳴り、天蓋のような星の輝きが踊るようにこの間、全体を周回しているではないか。
その中央、見れば桜色のきらびやかな丸い寝具がこれもまたゆっくりと回転舞台の如き動いている。やはりここは異国の地。
今は亡き、太閤秀吉公が朝鮮出兵の際、持ち帰った洋風の寝具に似てなくもない。下々の者までかような物で体を休めるなどもっての他。そ、そうか・・・ここは【えげれす】か。信長公が愛してやまなかったというエゲレスなのか。
呆けた様子でただただ口を開けた文之門の後ろで、女の子達が服を脱ぎ始めたのが分かったのはそれからしばらくしてからだった。