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落城前夜 (3)
廊下を歩く音、それも大勢の足音が聞こえる。その足音が遠くから次第次第に近付いてくる。
その足音の振動を感じて、ふと源次郎が目を覚ました。いや、実はもう少し前に目は覚めていた。彼はおかしな夢を見ていた。その夢、それは悪夢のような不思議な夢。
広い広い雲の上のような所で、彼は一人ぼっちでたたずんでいた。すると雲の中からむくむくと何かが盛りあがってきた。ひとつふたつ、次第に数を増やしながら、彼の周囲を取り囲むようにして。そしてそのひとつづつが次第に人の形に変化を始めた。どうやらそれは人間の女性のようだった。
彼の回りを何十人もの裸の女達がとり囲み、そしてあっというまに、その女達の集団に飲み込まれてしまった。見渡す限り右を見ても左を見ても、女、女、女・・・・。その女の洪水の中に埋もれ、たった一人の男である彼はその中でもみくちゃにされてしまった。
持ち上げられるような感覚、一気に降下する感覚、何が何だか判らない感覚の中で、源次郎は激しく興奮し、何度も何度も噴き上げた。身体がどんどん消耗していき、噴き上げるたびに次第と身体が縮まっていき、今にも女肉の中に吸い込まれそうになる。も、もうやめてくれ・・・、そう叫ぶ寸前に目が覚めた。
身体中がだるい。夢だとわかっているのに、夢の中で激しく興奮をした事で、身体を動かすことすらできないほど、どっと疲れていた。依然として手足が縛られていることすら忘れ、じっとまどろんでいる矢先に、その足音が聞こえてきた。源次郎は本能的にその物音が持つ禍々しいまでの悪意を感じ取っていた。
ピシャーン!!!
勢いよく、廊下側に通じるふすまが開け放たれた。反射的に源次郎がその方向を見ると、夜の闇の中に、手に手に燭台をもった沢山の女中達が並んでいた。女達は遠慮をすることなく大座敷に入ってくると、面白そうに源次郎を見下す。
「ほほほっ、ほんに多恵様の仰るとおりじゃ」。
「ほれ、あのように手と足を縛られておるぞえ、おかしゅうございまするな」。
「こやつがその多田の小倅とか申す者なのじゃな」。
「ふふっ、しかしなかなかによい男ぶりではないか・・・」。
「左様にございまするか。妾はもっと男臭い者を期待しておりましたのに」。
「あまよいではございませぬか。これはこれで楽しめましょうぞ」。
「ほほほ、ほんに、これは面白い趣向、おかしゅうございます」。
女達が口々に思った事を口にする。ついさっきまでこの大座敷を占めていた静寂は、一瞬にして喧噪のるつぼとなってしまった。女三人でもかしましいと言われるが、これはそれをとっくに通り越して、騒音のような騒々しさだ。しかも、女達は口々におしゃべりをしながら、どんどんと源次郎に近付いてくるなり、遠慮することもなく源次郎の身体をべたべたと触れ始めた。
「ひっ・・・・」。
源次郎が悲鳴を上げる。そして初めて今自分の置かれている異常な状態を自覚した。今、源次郎は大座敷のど真ん中に、褌ひとつの格好で大の字に縛り付けられていた。それは薬湯を飲まされて眠りに入る前と何ら変わっていない。女達のおしゃべりと行動はさらにエスカレートの度を増していく。
「ほっほっほっ、なんじゃ、なんじゃ、どうしたのじゃ?」。
「暴れておるぞえ、ほれ、まるで芋虫のようじゃな」。
「はははっ、おかしすぎますぞえ」。
「まことじゃ、それにほら、みてごらんなさりませ・・・」。
「まっ!、なんともいやらしい・・・」。
「はははっ、この男、なかなかに立派なものをもっておるようじゃな」。
「これはさぞ嫐りがいがありまする・・・」。
女達が爆笑する。桃色の小袖を粋に着こなした女の一人が、つつーっとなぞるようにして、白い褌の上に指を這わせる。
「あああううっ・・・」。思わず声をあげてしまう源次郎。
それもそのはず、源次郎のあそこは、その刺激を受けたとたんに一気に膨張を始めた。普通ならそんな刺激程度で勃起することなどなかろう。むしろこの異常なシュチエーション下では、無反応に萎縮してしまったとしても不思議ではない。ところがおの奇妙な夢から目覚めてより、彼の体の中に異様なエネルギーがたまっていた。
身体の中から何かが吹き出してきそうな不思議な感覚。それは彼が飲まされた薬湯の中に溶けた成分、今日ではマカとかを主成分にした南蛮渡来の強精剤が、徐々に効き始めたためだろうか。今まさに彼の男性は、窮屈に締め上げている褌の突き破って、今にも飛び出しそうになていた。
「なんじゃ?こやつ、もう大きくしておるではないか」。
「ほんに・・・、なんともサカリのついた畜生のようでございまするな」。
「ほほほっ、それほどに我らに嫐られとうて仕方がないのであろうかの」。
「男というものは、もともとそのようなものじゃ。普段は殿御として威張っておるがの、その実は畜生のように浅ましいものよの」。
「そうか、そうか、そんなに我らに嫐られとうてかなわんのじゃなゃ、ほっほっほっ・・」。
女達の会話の内容が、彼が勃起したことによって、まるでタガが外れたかのように、どんどんと陰険に、そして淫靡な雰囲気を帯びていく。
「なるほどのぉ・・・、この者がその戸田の小倅と申す者か・・・」。
とその時、いつのまにそこに現れたのか、この城の主である堀江長門守の奥方であり、この落城寸前の笠松城の責任者である、おうみの方の声が聞こえてきた。突然のお方様の出現に、その場にいた腰元や女中は、あわててその場に平伏した。
「よいよい、皆の者、苦しゅうはないぞ。今宵は無礼講と申しておるではないか。そのように平伏せずともよい。表をあげて普段どおりにしてくりゃれ」。
おうみの方は多恵に指示をした後、自室で夕餉をとり湯浴みをて身支度をすませると、まず上の間、そして桐の間へと周り、そこで腰元や女中共が楽しんでいる様を満足げに、こっそりと眺めた。そしてこの大座敷に回ってきたところ、ちょうどこの場に出くわしたというわけだ。じっと後ろから眺めていたが、とうとう我慢ができなくなって、つい口をだしてしまったという訳だ。
「なるほどのぉ・・・・。これほどのおなごから、蔑みの言葉を投げかけられながらも、男としての力を誇示しようとする。その心がけは敵ながら天晴れじゃ、と褒めて遣わそうかと思ったのじゃがのぉ・・・、やっぱり止めじゃ」。
この場を支配する空気がピンと張りつめる。おうみの方の声は気品に満ちていた。この城に嫁いできて6年。子宝には恵まれなかったものの、堀江長門守との仲はいつも仲睦まじく、城に詰める腰元や女中達の信望も厚かった。女達はこの美しき主の話しを一言一句聞き逃すまいと真剣な眼差しで彼女を見つめる。
「皆も知っておろう。こ奴がどのような奴であるかを。こ奴は・・・・あの憎き戸田の小倅と申すではないか。戸田の血を受けた者など、犬畜生にも劣る。どうせそのほう共、美しき乙女の姿を目にして、犬のように欲情したのに相違あるまい!。何とも浅ましい醜き性根じゃのお」。
「お、お方様の仰るとおりでございまする。こ奴ら・・・こ奴等の為に、お方様をはじめ、我らは、我らはっ・・・」。
「お方様・・・、おいたわしゅうございまする・・・」。
「ううっ、口惜しや、口惜しや・・・」。
女達の間からは嗚咽の声が漏れ出す。今から始まろうとしている事に期待し、楽しそうにしていた女達の顔が、おうみの方のこの言葉によって、怒りと悲しみに支配されていく。彼女による見事なまでの人心操作の技であった。
「我ら、堀江の家に連なる者共。すでに前の戦で夫や兄弟を失っておる者もおろう。戸田の者共に対する恨みは我ら決して忘れる事は出来ぬ。とは申せわれらおなごの身の上では、明朝の敵の総攻めに対し、何ほどの事が出来ようか。むしろ足手まといとなって、堀江の家の名誉を損なわぬとも限らぬ。
「斯様な仕儀と相成ったとは申せ、この恨みを抱いたまま死にゆくは、なんとしても歯がゆうてならぬ。それは皆も妾と同じ思いであろう。それならば、せめて、せめて我らの苦しみや悲しみの償いを、この戸田の犬畜生に存分に味あわせてやろうではないかと思うたのじゃ。
「戦場において、男共がおなごに対し乱暴狼藉を働くは世の常と聞く。おなごの身の上では如何ともし難いと思おておったが・・・・、今宵はその仕返しが多恵の手配りによって叶えることができた。ほれ、そこにおる者こそ、その生け贄じゃ」。
女達の目が一斉に源次郎に向けられた。さっきまでの戯れともとれる雰囲気は消え失せ、みな憎しみに充ち満ちた目に充ち満ちている。おうみの方は哀れみともとれる目を源次郎に向けて言った。
「これその方、名は確か戸田源次郎とか申したの。その方、戸田の血を受け継いだことを身の不運と思うて、こここにおるおなご共の恨みを一身に受け止めるがよい。おなごの恐ろしさを、たっぷりと味わわせてやろうぞ」。
「あ、お方様、おまち下さい・・・」。
あまりにも異常な事の連続に、今まで口を挟むことすらできず、黙って成り行きを見ていた源次郎は、ここで思わず叫んだ。
「あの、お待ち下されませ。こ、これは何かの手違いで・・・、それがし、それがしが戸田家の御曹司とは真っ赤な偽り。それがしはただの家来衆の妾腹、主の命により偽りの質としてここに送られて参りましただけに御座います。御家を謀った罪は万死に値するとは存じまするが・・・、そのことは既にお方様もご承知のことと・・」。
「黙れ、黙れっ!!。今更になって見苦しいぞ!。もはやそんなことはどうでもよいのじゃ。その方が戸田の家中から送られてきた者であること、そしておなごの悲しさや辛さなどを分かろうともせぬ男であること、そのことだけで十分だということがまだ分
からぬのかっ」。
「し、しかししかしでございます。この仕打ちはあまりと言えばあまりのこと。せ、せめてこの縛めを解いて下さいませぬか。縛めを解いて下さいましたなら、この源次郎、いかようにも皆々様のお役に立つため、命をなげうってでも・・・」。
「見苦しいぞ源次郎。何を今更申しておる。皆の役に立ちたいと申すなら、何もこの縛めを解く必要もあるまい。そのままで十分に役に立とうというもの。そのままで命を投げ打ってくれるなら、ただそれだけでよいのじゃ」。
「お、おうみのお方様、どうかなにとぞ、なにとぞ思いとどまり下さいませっ。それがしはっ・・・」。
おうみの方は、そんな源次郎を無視して、多恵に問いかける。
「して、例の薬はいかがした?」。
「はい、ご意向の通り致しまして御座います。この源次郎という小倅、何も知らずに女中の差し出した薬湯を全て飲み干しましたる由。南蛮渡来の強力な薬効が今頃は全身を駆けめぐっておることで御座いましょう。これで明日の朝が明けるまで、こ奴のものは決して萎えることなく、みなの嫐りにも耐えられるものかと・・」。
おうみの方は、満足そうに微笑むと、この場にいる全てのおなご達に向かって静かに宣言をした。
「それは重畳。では皆の者、もはや誰に遠慮もいらぬ。この憎き男に目に物見せてやろうぞ。傷つけようと、痛めつけようと、むしろ殺してしまっても構わぬ。皆がしたい様に致すがよい。思う存分おなごの怖さを刻みつけてやろうぞ」。
「ご、ご容赦くださりませっ、い、嫌でござる、ご、ご勘弁っ!!」。
反射的に源次郎が必死の形相で叫んだが、それはむしろ女達の嗜虐心に火を注いだだけの、むしろ逆効果を上げただけだった。
「ほんに往生際の悪い男よの。さあお方様のお許しも出た事じゃ。皆で嫐ろうぞ。これ、お初にお加代、それに鶴も何をボーッとしておるのじゃっ。まずはその腰にある邪魔なものを剥ぎ取ってしまえ。そうじゃ、そうじゃお千、もっと爪をたててやれっ」。
源次郎の姿は、あっとう間に女達に覆われて見えなくなった。今まで腰を覆っていた白布が剥がされ宙に舞う。女達のすさまじい嬌声がまき起こり、もはや彼の悲鳴すら聞こえなくなった。源次郎が見ていた淫らな悪夢が、現実のものとなった。
(つづく)
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