落城前夜               (2)


  笠松城の奥御殿、その最も奥まったところにある大座敷。その広間の真ん中に源次郎は、褌ひとつの姿にされて横たわっていた。普段はお方様を頂点にした腰元や奥女中達のお顔見せなどに使われる、きらびやか場所であったが、今はその広々とした広間にひっそりと源次郎だけが残されていた。広間の周囲の柱にはびっしりと行灯がともされて、まるで昼間のように明るく照らされている。

 戸田源次郎。今年で17歳になる若侍である。戸田家からこの笠松城主、堀江長門守に人質として送り込まれてきた戸田忠邦の三男ということになっていた。しかしそれは真っ赤な偽り。源次郎は戸田忠邦の血を受け継いだ者などではなく、戸田家の家臣の一人が身分卑しき女を孕ませ生まれた庶子であり、戸田家が堀江家と偽りの和睦を進めるために巧妙に仕組んだ偽物だった。

 偽りの和睦に騙され、堀江方の防備が手薄になった時を見計らい、突如戸田が堀江領内に雪崩れこんで来たとき、堀江家の家臣達は即座に源次郎の首をはねる事を求めた。しかしそれを押しとどめたのが、長門守であり、その奥方のおうみの方だった。今更源次郎の首を刎ねたところで、戸田勢には何の痛手にもならない。源次郎は最初から首を刎ねられるために送り込まれた者なのだから。

 源次郎は城内の奥深く、本丸の外れに作られた地下牢に幽閉され、そのまま命を永らえることを許された。もし堀江が戸田にうち勝つ事ができたなら、新しい姓を与え、堀江の家臣として取り立てることも約束されて。しかしもはや城の命運も尽き、堀江家は滅ぶ。源次郎もまた明日のない命の一人であった。

 その日の昼過ぎ、源次郎は地下牢から出され、身を清める事を許された。水浴びを終えた時、そこに用意されていたのは真っ白い死に装束だった。

 (そうか、ついにその時がきたというわけだ)

 城が戸田勢によって囲まれたと知ったとき、とっくにその覚悟はできていた。いやむしろこの城に質として送り込まれる時から、死は身近にあった。偽りの和睦の対象として、戸田忠邦の三男と偽ったわけだから、許されることなどありえない。

 源次郎は静かに死に装束身を包み、案内されるままこの奥御殿の大広間へ連れてこられた。罪人の切腹は庭先が相場と考えていたが、その展開は意外だった。訝しがる源次郎は、そこで奥御殿付きの女中達によって、再び白装束を脱がされ、そこに大の字になって仰向けに横たわることを命じられた。

 もとより死を覚悟している源次郎である。静かに言われるがままに従った。女中達は大の字になった源次郎の両手と両足に細紐を巻き付けて、部屋の四隅から伸ばされた縄に縛り付けた。つまり大広間の真ん中に、大の字に貼り付けられた格好になる。

 「これ、これはいったいいかなる仕儀でござるか・・・」。

 沸き上がる不安に耐えきれず、源次郎が女達に聞く。大人しくただされるがままだった若侍からの突然の問いかけに、女達はは答えることなくクスクスっと可笑しそうに笑うだけだった。確かにこの格好は滑稽どころではない。女達もずっと笑いを堪えていたのだろう。しかしその笑いの裏側には何か秘密めいたものを感じさせた。

 「ささ、この薬湯をお飲みくださりませ」。
 女中の一人が、湯気の立った湯飲み源次郎の口元にもってきて言う。
 「ど、毒か?」。
 「いえ、あなた様には今宵頑張ってもらわなくてなりませぬゆえ、この薬湯を召し上がって下さいませとの仰せに御座います。南蛮渡来の品ゆえ、飲むと身体か熱くなり、少し眠うなりまするが、決して毒などではございません」。
 「・・・・」。
 彼女達の意図が全く読めないまま、彼は言われたとおりその薬湯を飲んだ。

 源次郎が薬湯を全て飲み干したのを確認すると、女中達はそのままふすまを開けて出ていってしまった。そしてその薬湯がきいてきたのか、源次郎はそのまま深い眠りに誘われていった。


 「刻限とあいなった。そなた達、今までようわが堀江家の為に忠節を尽くしてくれやった。妾からも礼を申し上げますぞ。ささ、それよりも。今宵はこの笠松城の最後の夜じゃ。今宵は城内の男共も、めいめい好きなように楽しんでおる。われら女とて、精一杯、楽しもうではないか。
 お手前のお膳に用意をしたご馳走を食し、お酒もたんと飲んで良い。無礼講じゃから、身分も何も問わぬ。めいめいが好きなように楽しんでくりゃれ。それにの・・・・」。

 奥御殿、中の間。奥御殿に詰める大半の腰元、女中衆、端女を前にして、贅をこらした打ち掛けをまとった多恵が話聞かせるように長冗舌をふるう。

 「それだけではないぞ。今宵の無礼講はの、お方様の直々の命により、特別の趣向が凝らしてあるのじゃ。それが何かは・・・、言わずとも判ろうの。
 もう我らには明日という日は来ないのじゃ。落城となれば、城内に残されたおなごは、それは酷い目にあう。敵の兵によって慰み者とされ、辱めを受けることとなろう。
 そうであるならばじゃ、我らは女に飢えた戸田の男共が踏み込んで来る前に、潔く命を断とうと思うておる。残念なことじゃが、憎き戸田の手にかかり嬲られながら死ぬなんて誰も望まぬであろう。

 「とは申せ、それまでは我らの天下じゃ。我らおなごは、とかく礼儀作法に縛られ、殿方を立てることが我らの勤めじゃった。がしかし、今宵は違うぞ。奥御殿の入り口はしかと封印した。殿方は誰も入れなくしておる。ここは男子禁制、我らおなごの天下じゃ。何をしようと咎め立てする者はおらぬ。

 「みなの期待するものが、上の間と、萩の間、桐の間に用意しておる。男子禁制と申したとおり、そこにおるのは殿方ではない。我らおなごが夜の寂しさを紛らわせるために使おておるものに手と足をつけただけの生きた玩具じゃ。
 男がおらぬ奥御殿ゆえ、暴れたり逃げたりすると面倒なことになると思うてな、手と足は動けないようにしてある。存分に堪能するがよいぞ。どうせ明日はないのじゃ、どのように扱おうと、そなたらの勝手じゃ。

 「それにの・・・、実はもう一つ特別の趣向も用意しておる。それは、大座敷にしつらえてある。さきほど落城となれば、おなご共がどのような酷い目に遭うかということを申したであろう。そこでじゃ、今宵はその逆をしてやろうと思うておるのじゃ。
 そこにおるのは憎き戸田の小倅じゃ。この城に質として連れて来られておった。それを牢から出し、大座敷に手足を結わえて動けなくしておる。玩具と戯れることに飽いたなら、この大座敷の小倅をさんざんに嫐ってやるがよい。

 「我らが斯様な仕儀と相成ったことの恨み、せめてもこの戸田の小倅で償ってもらわねばならぬ。城が落ちた際に男共がおなご対して致すであろう乱暴狼藉の数々を、今宵は我らおなごがこの小倅に致すのよ。さんざんに辱め、いたぶり、慰みとするがよい。男の精を絞れるだけ搾り取り、泣こうが叫ぼうが容赦はいらぬ。勝手放題、好き放題、思う存分に嫐り尽くしてよいのじゃ。どうじゃ面白かろう?」。

 多恵の長い話が終わった。

 座敷に居並ぶおなご達の目が生き返っていた。明日は死なねばならないという辛い現実を受け入れ、それでも生への執着を捨てきれなかったおなご達が、今、多恵の話しを聞き、多少の恥ずかしさを隠しながらも、これから始まるイベントへの期待と好奇心で、ほほを紅潮させている。おうみの方と多恵の見事なまでの演出といえようか。

 「されば、始まりじゃ。今宵は無礼講、おなごだけの最後の無礼講じゃぞ。みなの者、思い残すことなく、存分に楽しめ。これより酒樽を割るぞっ、酒もたんとござるぞ。そぉれっっっ」。

奥付き女中頭であるお雛の鏡開きのかけ声によって、女だけの無礼講が始まった。

 普段滅多に目にすることのない、贅沢な料理が膳の上に並べられている。まだ若い女中達はまず色気よりも食い気が優先した。年増の女中頭達は酒樽の回りに陣取って極上の樽酒を賞味している。気の早いお調子者は顔を真っ赤にし胸元をはだけた格好で滑稽踊りを踊り始め、気の利いた者が笛や太鼓、三味線などでお囃子を奏でる。皆がめいめいに飲み食べ歌い踊り、宴の輪が拡がっていく。

 そしてひとしきり飲み食いに満足した者から、次々に気心の知れた者と連れ立って、この宴席を出ていく。身分の高い腰元達は、おすまし顔をしたままで上の間へ。女中衆の一部は嬉々としながら、萩の間と桐の間に続く西の廊下へ出てゆく。そこには多恵が生きた玩具と称した手足を縛られた男共が待っている。

 むろん彼らは元を正せば、戸田家に仕える小姓であり、用人共である。詳しい事情はは聞かされず、おなご衆の夜のお相手を勤めをて欲しいとだけ頼まれ、欲求不満の女房衆を一人か二人抱いてやれば良いのであろうと、すけべえ心丸出しで軽く引き受けた男共だった。

 お座敷の柱や床の間に、手と足に枷をかけられ、目隠しをされたまま縛り付けられている三人の男共。一体今からどんな女の相手をさせられるのかと、不安な表情をにじませてはいるが、まさかその部屋で一晩中、沢山の女達によって回されることになろうとは、想像すらもしていなかっただろう。

 腰元達にあてがわれた上の間には3人の小姓が用意されていた。年端もいかぬ美形の少年達だ。腰元達はそのうちの田辺龍之介という少年には4人が、あとの2人にはそれぞれに2人づつの腰元が群がっていた。

 萩の間と桐の間は、女中達に用意された部屋。こちらもそれぞれに3人づつの男が用意されているわけだが、腰元共と違い女中達の人数は多い。どちらの部屋も1人の男に対し10人以上がとりついて、口を吸い、胸板をなで回し、股間をまさぐるという乱痴気騒ぎになっていた。

 とりわけ萩の間に拘束されていた茂吉は悲惨だった。かねてより役者と見まがうばかりの美形であり、巨根の持ち主であるとの噂もあり、女中達の人気が集中していた。女達は天井の梁からぶら下げられていた縄ほどき、茂吉を畳の上に横たえると、四方八方から茂吉に群がった。その激しさに茂吉は何度も何度も悲鳴を上げたのだが、それがさらに他の女達に茂吉の存在を知らしめ、さらに多くの女達が彼に集まってくるという、うらやましすぎる展開となっていた。

 さて、宴席である中の間にはまだ半分以上の女達が残っていた。上の間、萩の間、桐の間に続く西の廊下とを隔てる障子は、既に大きく開け放たれていたが、東の廊下に出る側の障子はまだ閉ざされたままだった。東の廊下を突き当たった所、そこには源次郎が拘束されている大座敷がある。

 残った女達は、それぞれに好きなように飲み食い、しゃべり、歌ったり、踊ったりしているように見えて、目線では常に東の廊下に続くその障子のことを注視していた。今すぐにでもその障子を開け放ち、大座敷へと繰り出し、思う存分に男を嫐ってみたいと誰もが考えていたが、女の恥じらいと見栄が邪魔をしていた。

 誰ぞ口火を切ってはくれぬのか。そんな複雑な彼女達の気持ちを代弁するかのように、最初の一言を口にしたのは、やはりこの場を仕切っていた多恵だった。

 「では、皆様方、そろそろ参りましょうか」。

 その言葉を待っていたかのように、女中達が口々に賛意を示す。
 「はいっ、多恵様がそう仰るのなら、妾もお供させて頂きまする」。
 「そうでございますね。そろそろ座興も飽いて参った頃、ようございますね」。
 「多恵様、わたくしもお供をさせていただきとう御座います」。
 「妾も、ぜひ・・・」。

 東の障子が開け放たれ、燭台を手にした多恵を先頭にして、ぞろぞろと女達が続く。特別にしつらえた嫐り場となった大座敷、そこにはまだ何も知らされず、薬湯の効果で眠り続けている源次郎が寝かされている。
 女達の数はゆうに三十人にものぼろうか。その女たちの集団が刻々と大座敷へと近付いていく。

(つづく)
  

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