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落城前夜 (1)
天守から眺める夕焼けは、あまりに美しすぎた。美しすぎるがゆえの悲しさ、それはこの城にこもる者達の運命を象徴するかのようだった。
城下はもはやびっしりと敵勢によって囲まれ、東西南北どちらを見渡してみても敵の旗指物で埋め尽くされている。誰の目にもこの笠松城の運命があと1日も保たないことは明白だった。
この笠松城の主である堀江長門守義久は、ちょうど三日前に桔梗ヶ原において戦われた宿敵、戸田大和守忠邦との合戦において、味方に倍する敵勢に包囲され、家臣達と共にことごとく討ち死にを遂げていた。
序盤は優勢に戦いを進めていた長門守だったが、頼みとする同盟軍である友永弾正の突如とした裏切りによって、味方は総崩れとなった。敵中に孤立した長門守は、馬回り数十騎と共に敵中突破を試みたが、鉄砲隊の放った流れ弾に当たり落馬、もはやこれまでと腹を切った。主君の首を敵に渡すまいと最期まで奮戦した旗本衆も、戸田勢によって弄り殺しとなった。
総崩れの中をなんとか持ちこたえ、笠松城までの退路を確保しつつ戦い続けた寄騎衆3000もまた、城を目前にした羽根川の河原で先回りした敵勢の待ち伏せ攻撃にあい、ついに全滅してしまった。
1万を超す敵勢が笠松城を囲んだのが2日前。城にこもる兵は400にも満たない。戸田勢はそのまま一気に総攻めをかけてくるものと思いきや、びっしりと城を取り囲んだまま、誠に奇妙で破廉恥な要求を突きつけてきた。
その要求とは、
開城し恭順を誓うのであれば、城中の者の助命を認める。
ただし恭順の証として、
ひとつ、城中の男という男は、ことごとく髷を落とし、刀槍を捨てただ褌のみの姿にて開城を受け入れること。
ひとつ、城中の女という女は、全ての衣類を一切身につけず、大手門の前に整列をなして、戸田大和守を迎え入れること。
ひとつ、大和守と家臣による吟味により、選ばれた者は戸田家の使用人として召し抱えるが、それ以外の女共は全て戸田勢の足軽どもに分け与えられるべきこと。
ひとつ、以上のいずれかひとつでも、約定を違えた場合、城中の男女を問わず、全ての者は嬲り殺しとすること。
笠松城にこもる堀江家と敵対する戸田家とは、先代の頃からの敵対関係にあった。現在の戸田家の当主、戸田大和守忠邦の父である弘忠も、兄の忠久もまた、堀江との戦で命を失い、領地を大きく浸食され続けてきた。忠邦が堀江家憎しの存念でこり固まっていることは十分に理解できる。
しかしそうは言っても、この要求の内容はあまりにも酷すぎたといえよう。武士としての尊厳を一切認めず、家中の女という女を公然と辱めるその内容は、とても受け入れることなどできようはずはない。
堀江義久の奥方である、おうみの方始め、城の留守居役を仰せつかっている老臣の本田忠左右衛門が、ただちにその要求をはねつけたことは当然といえた。そのような辱めを受けてまで、命を長らえようとは思わない、それが城中にこもるほぼ全ての者の考えだった。
「のう、忠左。夕焼けがあまりに美しゅうてならん。もはや明日の夕焼けはこの目でみることが叶わぬというのに、不思議と晴れやかな気持ちになってしもうておる・・・・」。
「ははっ、手前共の不甲斐なきがゆえに、奥方様には誠においたわしき仕儀と相なり申し、この忠左お詫びの致しようもござりませぬ」。
つぶやきともとれる、おうみの方の言葉に、すかさず忠佐が答える。
「言うな忠左、それもこれも運命よ。そなた共のせいではない。殿がご存命でさえあれば、他に手の打ちようもあったであろう。がしかしそれは言うまい。あとはただ今生の別れとして、今宵を思い残すことなく過ごすのみじゃ」。
「ははっ、かたじけなきお言葉、忠左心に染みまする」。
「して、そなたに申しつけたとおり、手はずは整えてもらえたのであろうな」。
「しかとお申し付けの通りでございまする。忍びの者どもの報告でも、今宵のうちに戸田勢が攻めかかってくる兆しはなく、明朝の総かがりに備えておる様子にて、今宵は静かな夜を迎えられましょう。家臣共、足軽共への酒肴も惜しみなく用意致しておりますゆえ、みな明日は華々しく散ってくれるものと・・」。
「大儀であった。男共のこと、よろしく頼みまするぞ」。
「ははっ、しかと心得ました」。
「では、わらわはこれより奥に籠もりまするゆえ、あとは頼みましたぞ」。
「承知仕りました」。
忠左は深々と頭を下げて、おうみの方を見送った。
「おいたわしや・・・。あのように健気にふるもうておるが、さぞ口惜しいことであろうのぉ。あとは、せめて今宵の無礼講で、今生に思いを残すことなくしてもらうことだけじゃな」。
そう独り言を言うと、彼は近侍を呼びつけて指示を出す。
「よいな。これよりは奥との出入りを禁ずる。何人たりともこれより奥への出入りは許されぬぞ。女子どもだけの無礼講じゃによって、男という男は犬畜生の雄といえど、立ち入てはならぬとのお方様のお達しじゃ。この禁を破る者があらば、問答無用で切り捨てよ。よいな、しかと申し渡したぞよ」。
「受け賜りました」。
「しかと承知っ」。
二人の若侍が畳に額を押しつけるようにして命令を受けた。
本丸御殿の奥に通じる扉が閉められ、そこから奥は文字通り男子禁制となった。
本丸の奥御殿に戻ると、御殿付き腰元のお多恵が待ちかまえていた。
「お方様、おかえりなさいませ」。
「多恵か、待っていてくれたのじゃな」。
「はい。皆の者、今か今かと待ちこがれておりまする」。
「そうか、わらわの提案、みなも気に入ってくれたのじゃな」。
「それはもう、明日はもうない身、みな意気消沈しておりましたところに、お方様の思わぬ趣向、びっくりするやら、おかしいやらで、一も二もなく盛りあがりましてございます」
「はは、左様か、それは良かった」。
明日はもうない。笠松城は明日の朝には総攻撃を受ける。戸田忠邦のことだから、城中の者は誰一人として生かしておくつもりはない。根絶やしに皆殺しにされることがハッキリとしている。どうせ生きながらえる事ができないのだからと、おうみの方が提案したのが、今宵の無礼講だった。
今生に思いを残すことなく、上下の身分も忘れ、皆がしたいことをする。それが無礼講。男どもには酒肴、城中の蔵に蓄えた食材の全てを惜しげもなく出し、料理人が腕によりをかけて古今の珍味を提供した。夫婦者は家族水入らずで、単身者は好みの女と同衾することも許した。何をするのもおとがめ無しとした。
ただ、奥御殿に勤める女中衆のなかで、城中に思い人がいない女子衆のことを不憫に思ったおうみの方は、奥御殿だけの無礼講を多恵に提案した。彼女達のなかにはまだ男を知らない女も多い。男を知らないままであの世に旅立つと、極楽の門を入る事が出来ないとも言われている。それならこの世の最後の夜、彼女達に女としての喜びを知った上で旅だってもらいたい。それがこの奥御殿の無礼講だったのだ。
「表との境は忠左に申しつけて、しかと閉ざしました。ここで行われることが外に漏れる心配は無用じゃ」。
「左様にございますか。よろしゅうございます。それではお方様と腰元の皆様には、上の間にしつらえました嫐り場にお越し頂き・・・」。
「な、嫐り場とな?」。
「はい。左様にございます。嫐り場でございまする」。
「また、なんとも露骨な名前をつけたものよの」。
「なによりも分かり易きことが肝要と心得ました」。
「まあよいわ。で、わらわ達はそこで何をせよと?」。
「お戯れを・・・。これらはお方様の指示を得て手配りをしたものにございますよ。何を今更、知らばっくれても困りまするぞ」。
「はは、そうであったな。何やら話しを聞いておるうちに、身体の芯がぽっと熱くなって参ったようじゃ」。
「はい。それは私として同じでございます。私とて恥ずかしゅうて赤面するのを堪えながら話しております。そこには殿の小姓共の中より美形を三人ご用意いたしております。お方様と腰元衆を併せて十名でございますから、皆様でその三人を嫐って頂ければおよろしいかと存じます」。
「わらわはよい。腰元共九人に三人じゃから、一人の小姓に三人の腰元が群がることになるわけじゃな。それでよい」。
「腰元衆を除く女中衆と端女共は萩の間、桐の間の二つに分かれさせてございます。ここには下番の用人共から6人を用意いたしました」。
「ちと少なくはないかえ?」。
「はい。なにしろ城中の男共に悟られますと、ちとやっかいなことになりますゆえ、秘密優先に考えますれば、これで精一杯にございました。男一人に女が二十人あまりの勘定と相成りまする」。
「左様か。ま、それも致し方ないか。ところで・・・」。
そこでおうみの方は、声のトーンを落として、さらに秘話めいた口振りで聞いた。
「心得てございます。アレでございますね。心得てございます」。
「わらわはの、そちらのほうが楽しみなのじゃ・・・」。
「お方様がでございますか?」。
「ダメかの?」。
「いえ、無礼講でございますから、お方様にお越し頂いても一向に構いませぬが、上の間ではのうて、ほんにそちらにお越しになられますのか?」。
「よいよい、わらわに対する気遣いは無用じゃ。してどんな案配にしてくれやったのかの?」。
「はい、これは特別でございまするので、大座敷に特別の嫐り場をしつらえました。ご指示の通り、戸田の人質である源次郎を捕らえ、手足を縛り付けて広間のど真ん中に素っ裸のままに結わえつけてございます。ここは誰もが出入りが出来るように、他の嫐り場に厭(あ)いた者が、存分に嫐りが出来る場としてしつらえました」。
「そうか。さすが多恵じゃ。わらわの思うたとおり、見事に手配りをしてくれたものじゃ。ほんに大儀であった」。
「ありがとう存じまする」。
多恵が深々と頭を下げる。
「それではわらわも用意をせねばならの。湯あみをしたのちに、ゆるりと嫐りをいたそうと思うが、みなのものは先に始めておいてよいぞ。今宵一晩のことじゃ、時間も惜しかろう。存分に楽しませてあげてたもれ」。
「ははーっ」。
おうみの方は、満足そうな笑みを浮かべ、長廊下の奥へと消えていった。
残された多恵もまた、これから始まる無礼講に、好色そうな笑みを浮かべたまま、女中共に指示を出す。
落城を目前に控えた城の奥御殿、女たちによる艶めかしい無礼講が今始まる。
(つづく)
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