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灼熱の荒野の果て (1)
灼熱の太陽が大地を照らす。
赤茶けた荒れ果てた大地、そこは動物も植物もその存在すらも否定してしまう、無慈悲で色のないモノトーンの世界。乾き荒れ果てた不毛の大地を、無慈悲な太陽が、さらにじりじりと焦がし続ける。
その荒野のまっただ中を、薄汚れた一人の男が歩いている。
もう何日も、食べるものを口にしていない。身体はがりがりにやせこけ、わずかに身にまとったもの、衣服の痕跡らしきものはボロボロになり、そして身体全体からは垢じみた異臭が漂っている。
「生きたい」
ただその生への執念だけが、男を動かしていた。一本の杖を頼りに、片足を引きずりながらも、一歩づつ歩みを続ける。果てしもなく続くこの荒野の先に、一体何があるというのか。彼が生を長らえることの出来る可能性はあるのか。ほとんど思考力を失った男には、その問いに答える力もないだろう。ただ歩みを止めたが最後、この荒野ではそこに待っているのは「死」以外にはない。
男の視野に、何か黒くて小さいものの影が映った。
「!」。
この疲れ切った男のどこにそんなエネルギーが残っていたのか、男は素早く行動を起こした。杖をかなぐり捨ててその影のある方へとジャンプする。そしてしばらく地面の上をがさごそとはいずり回った末に動きを止めた。
男の顔には満面の笑みが浮かんでいた。男の手には黒い虫のような生き物が握られていた。それは・・・・21世紀の文明がまだこの地球全体を支配していた時代には、ゴキブリという名で、人類からは忌み嫌われていた虫・・・・ただしこの文明が滅び去った時代において、それは生き残った人類にとって最高のタンパク質供給源となっていた・・・・黒虫だった。
男はその黒虫にむしゃぶりついた。体長15p。丸まると良く肥えた黒虫だった。草一本すら生えていない、この荒野にあって、この黒虫はいったい何を食べているのだろうか。黒虫の驚くべき生命力と、自然適応能力は、文明が滅び去ったこの時代になってはじめてその本領を発揮することが出来たのだ。
もぞもぞと手足を動かしてもがく黒虫。男はその黒虫の胴体にかぶりつくと、うまそうにその体液をすする。そしてゆっくりと味わうようにその肉を咀嚼する。
むしゃむしゃむしゃ・・・・。
ゆっくりとその美肉をかみしめ、そして喉の奥へと流し込む。何日ぶりかで胃の中に食べ物がはいっていく満足感に、男はほほの肉をゆるめる。
固い外皮やカギ爪のついた六本の脚、そして鞭状にのびた触角すらも、男の食欲の前には貴重な食料であり栄養源だった。ぱりぱりと音を立てて、男の発達した顎がそれらをかみ砕き、そして口の中に押し込んでいく。ものの10分もしないうちに、黒虫は跡形もなく、全て男の胃の中に流し込まれた。
口の周りにべっとりついた緑色の体液ですら、男は名残惜しそうに両手で拭いとっては、舐め取っていく。飢えと闘うこの時代の人類、ましてや彼のように群からはぐれ、ひとりで荒野をさまようことになった者にとって、この黒虫との遭遇は、何にも代え難い貴重な僥倖なのだ。
絶え間のない飢えから解放され、栄養分が身体中にしみ通っていくに従って、彼の脳に思考力が戻ってきた。本能のままに生きている彼ら未来人類には、知性といえる高等な思考は存在しない。生きるために最低限必要な知識と洞察力、直感力だけが辛うじて彼らに人類の末裔であることを許しているに過ぎない。
「黒虫、いる、近くに巣、あるはず・・・」。
男は独り言のようにつぶやいて、周囲をゆっくりと見回した。するとさっきまではただののっぺらとした平原のつながりだった荒野に、突然のように一連の岩山の連なりが望見できた。
男の目が輝いた。この世界にとっての岩山は、いわば生命の宝庫だった。そこまで行けばきっとこの無限の飢餓地獄から脱出が出来る。さっきの黒虫もきっとあの岩山から這い出してきたのに違いない。いや、きっとそうだ。そうちがいない。
もちろんそこには、食料となる動植物だけではなく、彼にとって危険な生き物が住んでいないとは限らないだろう。しかしこの地獄のような飢餓から解放されるならば、多々の危険は覚悟の上だ。
一ヶ月近く荒野をさまよい続け、何度かのたれ死にしそうになりながら、ぎりぎりで生きてきた。そしてようやく辿り着くことが出来た新しい世界。そうこの男にとって、この荒野行は生死をかけた賭けだった。そしてついにその賭けにうち勝つことが出来たのだ。
男は喜びで顔をくしゃくしゃにしながら、一歩一歩足を運んだ。決して力強くはないが、大地を踏みしめるようにノロノロとしかし着実に、岩山へと足をはこんだ。それが希望に満ちたものではなく、新たな不幸の始まりであるとも知らず。
人類がこの地球上に君臨し、文明社会を築いていたのは、この時代からさかのぼること300年もの昔だった。人類は科学文明の頂点を極め、そして地球外へも旅立とうとしていた。国際連合が地球連邦政府と名を変え、世界に覇をとなえた大国がため込んできた核兵器が本格的に廃棄されようとしていた。世界から全ての戦争が根絶される瞬間を人類は夢見た。
まさにそのとき、悪夢がやってきた。
中近東の一角に端を発した民族・宗教紛争が、次第にエスカレートを始めた。まず平和共存を実現したイスラエルとパレスチナの両国を巻き込み、それが他のアラブ諸国に波及した。紛争は驚くほどに相互の憎悪を増幅し肥大化していった。
地球連邦政府でもなんら有効な方策が見いだされないうちに、紛争地域はますます広がり、使用される武器もエスカレートを始めた。紛争解決に乗り出した大国では、国内の狂信的宗教グループによる自爆テロが頻発。それがさらに民族相互の憎悪を増幅した。
そしてついに、広島と長崎以来封印され続けてきた、人の住む都市に対する核兵器による攻撃が行われた。最初に使用されたのがイスラエル最大の都市テルアビブ。市街地の大半が一瞬のうちで灰となり、つづいてバクダッド、テヘラン、イスラマバードに報復の核攻撃が行われた。
かつて聖書によって黙示されていた予言がよみがえった。イスラエルのハルマゲドンの地において人類最後の最終戦争が行われるという、不気味な予言だ。人々は畏れ、そして教会や寺院に詰めかけ、一心に平和を祈り続けた。
しかし無情にもその教会や寺院の上にも、核ミサイルは容赦なく降り注ぎ、人類のはかない望みは絶たれた。そしてついにアメリカ、ヨーロッパ、ロシア、中国など核保有の大国に飛び火した紛争は、人類と地球を恐怖のどん底へとたたき込んだ。
平和と繁栄を謳歌し、平和憲法を愚直なまでに信仰していた日本列島にも、友好国であるはずの中国から飛んできた、5発の核ミサイルによって一瞬のうちに、地上からその姿を消し去った。
まさに悪夢だった。狂気が地球上の全てを覆い尽くし、人類は滅び去った。その文明と、動植物、地球の豊かな大自然の全てを道連れにして・・・・。
しかし文明は滅び去ったものの、人類は生き残っていた。
地上をくまなく覆った放射能と、約100年わたる気象激変の後、かつての美しかった地球は変わり果てた不毛の世界となり果てたものの、その子孫達は飢餓に耐え、環境に適応しつつ、ほとんど原始時代に戻ったような生活をしながらも、大地の片隅で細々と生き続けていた。
いまや荒れ果てた地球上には、まともな生き物は存在していない。かすかに大地にへばりつくようにして生えている地衣類や乾燥地適応を果たした裸子植物群。そして驚くべき生命力でこの大地を覆い尽くし、繁殖を続けている肥大化したゴキブリだ。
体長10pから30pのこの未来ゴキブリ、この時代の言葉では黒虫だが、その存在無くしては未来人類は生きてはいけなかっただろう。岩山などに自生する地衣類を黒虫が食べ、その黒虫を未来人類が捕食し、この未来世界における細々とした食物連鎖が維持されているのだ。
砂漠化した荒野をほぼ1ヶ月近くにわたってさまよい続けていた男は、よろよろと歩き続け、ようやくにして岩山にたどり着くことが出来た。
近づくに従って、その岩山が想像以上に大きいものであることがわかってきた。周囲はほぼ10qほどはあるだろうか。一塊りになった岩石層が重層的に重なり合い、しかも岩山の中央には、その岩山の存在を世界に誇示するかのように、金属質のモノリスまでもが望見できた。岩山の至る所に大小さまざまな洞窟が見受けられた。
また遠くからではわからなかったが、近づくにつれその岩山のいたるところが薄緑色の苔のような植物にびっしりと覆われていることが分った。乾燥植物の中でも唯一食用に適した「若葉」と呼ばれている植物だ。ということは、まさにこの岩山は食物の宝庫であることを証明しているようなものだ。
岩山に入るとすぐ、男は周囲を警戒しながら、ひとつひとつの洞窟を丹念に調べ始めた。無数にある洞窟の手近なものから調べ始めたたん、早々に地下水が湧いていることを見つけ、喉の渇きを癒した。
続いて7番目に入った洞窟では、ついに大きな黒虫の群生巣を発見した。たくさんの黒虫の幼生と成虫が、白いフワフワした群生巣の周りをはい回っている。試しに巣の入口近くを這っていた一匹を捕まえようと手を伸ばしてみたが、巣につきものの兵隊メスもいない。つまり兵隊メスの攻撃に妨害されることなく、安心して黒虫を補食することができるわけだ。
それから小一時間、黒虫の幼生といわず成虫といわず、手当たり次第に捕まえてはむさぼり尽くした。次に食事にありつけるのいつになるかわからない。生き残るためには、食べられるときに食べ、飲めるときに飲む、それこそが生き残るための唯一の方法だった。
「ココハキケンダ。ニゲナイト・・・」。
満腹感に満たされると同時に、男の心には突如として、警戒心がまき起こってきた。
そうだ。ここにこれだけの黒虫が住んでいるということは、きっとこの近くにこの黒虫を食料源にしている者がいるはずだ。一刻も早く安全な場所を見つけないと、今度はどんな危険が降りかかってくるかわからない。狩る者から狩られるものに、それは一瞬の判断が左右するのだ。
男は慎重に洞窟から顔を出し周囲の様子をうかがった。どんな小さな物音も見逃さないよう慎重に耳を澄ませた。照りつける太陽が西に傾き次第にその殺人的な力を失いかけている。しかし彼のような「はぐれ人」にとっては、この時間帯こそが最も危険な時間帯ともいえるのだ。
そのとき、耳にかすかに甲高い声が聞こえてきた。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ、ぁぁぁぁぁぁーーーーっ」。
さほど遠くではない。どうやらヒトの声のように聞こえる。何か助けを求めているような、そして、か細く響くその声色は彼の感性を揺すぶるような、魅惑的な響きを伴っていた。
男は慎重に洞窟から半身を出し、少しづつその声のする方に近づいていった。彼のアタマの中には危険を告げる警鐘がなり響いていたが、身体の奥底からわき上がってくる衝動それを押しとどめ、警戒心を忘れさせようとしていた。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ、ぁっ、ぁっ、ぁーーーーっっ」。
声のする方向に近づくたびに、甲高い声はせっぱ詰まった響きを伴いはじめ、ますます男を招き寄せようとする。男はいてもたってもいられず、なかば駆け出すようにして、目の前の岩を乗り越えた。
「!!!!」。
そこで男が見たもの。それは岩と岩の窪地、びっしりと苔に覆われたその窪地の上で、からみあう二人の女の姿だった。
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