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SF セクサロイドの反乱 (1)
「主任、これをこのまま放っておいて良いんですかね」。
若いプログラム技師は疑問の声を上げた。
「そりゃあな、修正プログラムをインストールした方がいいに決まってるよ。でもそんなコトしてたら、いったいいつ終わるかわからんじゃないか。もう7時も回ったことだし、今日の所はそのまま置いといてだな、連休が終わってから本格的にやっちゃえばいいんだよ」。
ちょっとだけ年輩の主任と呼ばれた男が答える。何かの約束があるのだろうか、さっきからしきりと時計ばかり気にしていて、落ち着かない様子だ。
「じゃ、本当にいいんですね。僕は知りませんよ」。
「心配いらないって、それに第一、明日から工場全体が3日間の連休に入るってるんだ、休み中にいったい誰が勝手にメインサーバーを動かすんだよ」。
「それもそうですが・・・。でも一応、警備の人だとか、誰か忘れ物を取りに来た人がいたりしたら困るんで、張り紙だけしときましょうか。絶対にサーバーに手をふれるなって・・・」。
「まっ、それじゃそうしてください。じゃ、悪いけど僕は帰るからね。あとの施錠だけはよろしく頼むよ」。
「はいっ。それじゃ、また連休明けに・・」。
「お疲れさま・・・」。
21世紀中葉、世の中は大きな変化を迎えていた。20世紀の末に始まったコンピュータの超小型化と大容量LSIの誕生によって、考える機械つまり人工知能の研究は驚異的な発展を遂げた。その人工知能を搭載した考える機械は、最初はペット形の単純なロボットを世に送り出し、しだいに疑似人間型へと進化をしていった。
そしてついにSF小説さながらの人間型をしたロボット、つまりアンドロイドが誕生した。アンドロイドは人々の夢を叶えるための打ち出の小槌だった。世の中のさまざまにニーズに応えるため、続々と多用途のアンドロイドが生み出され、そしてそれが新たな産業へと発展した。
ここ長野県と山梨県の県境のZ市にあるこの工場も、そのアンドロイド景気と呼ばれる流行に乗り遅れまいと、米国に本部がある多国籍企業体の出資によって建てられた、主として女性型アンドロイドに特化した製造工場である。女性型のアンドロイドは女性が働くことが当たり前になった社会においては、その家事労働の負担を軽減することを目的に作られ、次から次へと様々な用途に応じたニュータイプが作られてきた。
しかし20世紀の家電製品と同様、社会のニーズを満たすためには、企業は次々と新製品を開発し続ける宿命を帯びており、そのことがメーカーの経営を圧迫していた。メーカー各社はその悪循環を断ち切るために、ついに禁断のゾーンへと足を踏み入れようとしていた。その商品の開発に成功することは、新しい需要を産みだし、この業界でトップの地位を不動のものにするだろうとも言われていた。
その禁断の実とは・・。
深夜の工場というのは、あまり気味の良いものではない。整然と並んだライン、鈍く光るランプの光源、そしてどこかで回っているモーターの響き。連休中とはいえ工場から全く人がいなくなるわけではない。この日も嘱託警備員の福田は、定期的な深夜の巡回を終ろうとしていた。40年間勤め上げた会社を定年退職し、第二の職業としてこの深夜ガードマンを選んだ。昼と夜の生活が逆転することを除けば、この仕事はけっこう気楽で気に入っていた。
あとは開発セクションの研究ブロックを回れば、あとは宿直室で仮眠が出来る。
「ここは、いつ見ても不気味な場所だよな。裸の女が何十体、俺があともう10年でも若かったら、きっとここでマスかいていたかもな・・・」。
独り言をつぶやきながら、研究ブロックの角を回ったときだ。ふと目の角にかすかな違和感があった。あれっ、なんだろう。福田は違和感の原因を確認するために立ち止まり、そしてバッテリー照明器のライトで周囲を照らしだした。
その違和感の原因はすぐに判った。中庭に面した窓がかすかに空いている。そんなはずはない。夕刻の巡回の際にもそのことは確認してある。ということは侵入者?まさか、敷地内には完全セキュリティーの網がかけられている。このエリアへ外部からの侵入するなんてことは不可能なはずだ。
となると誰だ。工場の関係者が忘れ物でも取りに来たんだろうか。いや、その可能性は低いだろう。警備員詰め所を通らないで、社員が入ってくることはまず考えられない。じゃ、いったい誰が・・・
「だ、だれかいるのですか?・・・・」。
誰からも返事はない。研究室内はしーんと静まりかえっている。
心臓が早鐘のようにバクバクと激しく鼓動する。
誰か助けを呼ばなきゃ。警備マニュアルには、危険を感じたらまず逃げろ、そしてすぐに誰か助けを呼べ、と書いてある。そうは思ったが身体が思うように反応しない。
「もう一度いいますよ。誰かいるのですか。姿を見せてください。そうでないと警報機のボタンを押しますよ・・・」。
福田は胸ポケットから、警報用の携帯端末を取り出した。手がぶるぶると震える。仕方ない。助けを呼ぼう。福田がボタンに指をふれようとしたその瞬間、右の肩に強烈な痛みが走った。首をねじ曲げたとたんに、みるからに精悍そうな男の顔がみえた。しかし記憶はそこまでだった。福田はそのまま気を失い、どぉっとばかりに床に倒れふした。
「うかつだったな。巡回の予定時間より1時間も早いじゃないか」。
「そうだな・・。多分早く巡回を済ませて、あとの仮眠の時間を多いめにとろうって、つまり要領をかまそうとしたんだろうよ、きっとな」。
「おいっ、面倒はごめんだぜ。さっさとデータだけ抜き取って、ずらかろうぜ」。
床にだらしなく寝そべった福田を見下ろしながら3人の男が話していた。
いくらセキュリティーを万全にしたところで、人間のすることには穴がある。外部の産業スパイを防ぐために、この工場でも外部からの侵入には神経質なほどの注意を払ってきた。しかし内部の社員が彼らの身分を使用して、外部に情報を流すことを防ぐのは容易ではない。まさに彼ら三人こそは、普段はこの工場の真面目な研究員だった。
「おい、急げ。さっさとデータのコピーをダウンロードしてしまうんだ。あっ、そうだ鈴木、その前にこいつが起き出して暴れないように、手足を縛って猿ぐつわもかましとけ」。
3人の中ではリーダー格と思われる男が二人の男に指示を出す。鈴木と呼ばれる男は大柄で研究員には似つかわしくない粗暴な感じの男で、現に警備員の福田を一瞬で昏倒させたほどの怪力の持ち主だった。
「縛るって・・ロープなんてないじゃないか・・」。
「頭を使えよ。そこにあるガムテープでぐるぐる巻きにすりゃいいんだよ。なぁにそれ頑丈だから、ちょっとぐらい暴れたって切れやしないから」。
たちまち福田は一匹の蓑虫のようなアワレな姿にされてしまった。中央のデスクトップではもうひとりの男が、必至でキーボードをたたいている。さっきから苦戦しているのだが、どうしてもパスワードのキーロックがはずれないようなのだ。
「どうしたんだ山ちゃん。どうしても解けないか?」。
「うん、ダメだ。あそこの全システムを統括するメインサーバーを起動しない限り、ここの端末からだけでは、どうとても設計データへのアクセスが拒否されてしまうんだ。何をやってもだめみたいだな」。
「くっそぉ、あのオタク野郎、いつもはだらしないくせに、こんな事だけは慎重なんだからな」。
「どうします?あきらめますか?」。
「まさか・・・、今日を逃せばこんなチャンスはもう二度と訪れないだろう。やるかやらないか、大金を手にいれて新しい人生を歩むか、それともこのまま田舎の研究室でうだつの上がらない研究に明け暮れるか・・」。
「俺はイヤだよ。何としてもチャンスつかむんだから」。
福田に猿ぐつわまで完璧に処置を終えた、鈴木と呼ばれた男がこちらに戻ってきながら大声で叫んだ。
「このニュータイプには、全世界の男達の夢が詰まっているんだぜ。この完成によって世の中は大きく変わる。風俗などのセックス産業は劇的な変化を遂げ、それによって莫大な利益がもたらされるはずなんだ。だからこそ各メーカーはこの禁断のアンドロイド開発にしのぎを削ってきたし、後発メーカーにとってはどんな犠牲を払っててでも入手したいのがこのデータなんだろ。その莫大な利益を生み出すデータが今ここにある、俺たちの目の前に。何を今さら・・・」。
「鈴木・・、わかったそれは俺たちだって判ってるんだよ。俺だって今さら辞める気はない。ただ確認をしていただけだって・・」
「じゃあ、答えは一つしかないじゃないか。何を迷う必要があるんだ。メインを少しだけ起動させたらいいじゃないか。それだけさ」。
キーをたたいていた山ちゃんと呼ばれた男がその言葉にうーんと考え込む。
「どうしたんだ。起動に何か問題でもあるのか?」。
「ああ、あることはある。ここの新商品はもうほとんど完成の域に達していが、まだ安全機能のテストが終わっていないらしい。もしもコンピュータ内にバクでも発生していたりして、プログラムが暴走したりしたら、全く手がつけられない事態になってしまうんだ」。
「暴走って・・・誤作動をおこすってことか」。
「まっ、そういうことだ。だからあのヘタレ親父も、メインの操作については、やたらと慎重だったろ・・」。
「うーん、難しいところだな。でもサ、ここで考えていたって何も変わらないんだろ。だったらイチかバチか、起動させてみたらどうなんだい?」。
鈴木の提案に、キーボードの男も無口なリーダー格の男も黙りこくって考える。
「うううんっ・・ううっ・・」。
突然、ガムテープでがんじがらめに縛られて床に寝転がっていた福田が、目を覚まして暴れはじめた。不自由な体で身体を前後左右に揺すっている。
「ちっ、もう目を覚ましやがったのか。ええいっ、うるせえんだよっ、この老いぼれ野郎っ!」。
鈴木のけりが福田のみぞおちに決まり、福田は苦痛に苦しむ。
「おいっ、乱暴はよせっ。こいつも元は我が社の同僚みたいなもんだろう」。
リーダー格の男が粗暴な鈴木をたしなめる。
「ふん。我が社かよっ、どうせデータさえ頂いたなら、こんな会社に未練はないんだ。どうなろうと俺の知った事じゃないよ」。
鈴木の言うことは乱暴だったが、確かにこの三人にとってはそれは事実だった。今彼らがやろうとしていることは、企業の極秘データを他社に譲り渡すという、産業スパイまがいの背信行為なのだ。ここで格好を気にしていても仕方がないはずだった。
「よし。やろう。もうグズグズしている間はないな」。
リーダー格の男が意を決したように言った。
「うん。やろう」。「そうこなくっちゃ」。
3人の意志が決まると、その行動は早かった。
山ちゃんがメインサーバーの操作盤の前に陣取り電源をいれる。そして画面上の起動プログラムをオンにした。パチパチバチ・・研究室内の各モニターが生き返り、そして男の前のモニターが大きくデータをはじき出し始めた。
「やったっ、ビンゴー、どんどん・・いける、いけるぞ」。
と、その時、彼らの背後から艶っぽい女の声が聞こえてきた。
「ねぇ・・あたしを抱いて・・・」。
男達はぎょっとして背後を振り返った。そこにあるのは、今まさに彼らがデータを盗み出そうとしている新型アンドロイド、特殊な目的のために研究を重ね、ようやく完成に近づいた量産型のアンドロイドの群れが並んでいた。彼女たちはまだ全裸のままで髪の毛も植えられていない、まるで入荷前のマネキンのように静かに立ちつくしていたのだ。
そのうちの一体が目を見開き、手をさしのべて言葉を発していた。それはまるで生きている女のような声と仕草だった。
小説目次に戻る その2につづく